一より習ひ

「稽古とは一より習い十を知り、
 十よりかえる元のその一」なのだそう。
 和の世界をマイペースで巡る
 植田伊津子の徒然記です。

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今日もお稽古へ

木曜に引き続き、今日もお茶のお稽古へ。いっこうに雨が止む気配がなかったので洋服である。

洋服なら洋服で、何を着て行こうかと迷ったりするけれど、お稽古場では、「腰巻き」にそっくりな、長いお稽古用の巻きスカートをつけるため、結局パンツでもミニスカートでも構わない。
腰巻きをつけると、きもの同様の足さばきになるので、わがお稽古場の洋服の人は、みんなコレをつけて動く。
上半身は、洋服の上から「花月の友」というお稽古用のベストみたいなのをつける。


うちのお稽古場で使っているのはこちら。

お茶はきものでお稽古するのが理想ではあるけれど、
もちろん洋服で構わない。ただ洋服のときは、きもののように胸元に帛紗などを挟むための上着があったほうがよい。

というのも、炭手前をするときは胸元に紙釜敷(かみかましき。檀紙を四つ折りにした釜敷き。初炭で使用する)というものを挟んで点前座に出なくてはいけなかったりするし、濃茶点前で楽茶碗以外の茶碗をお客さまに出すときは、胸元から古帛紗を出して添える、という約束がある。
洋服でも、胸元に「何か」がしまえる仕掛けが必要というわけだ。そのための「花月の友」という上着である。


このようなお稽古着も見つけました。「花月の友」より丈が長いので安定感がありそう。

今日の教場は大にぎわいで、着いたときにすでに10名以上。また、お稽古をはじめたいという若い方がお母さまと一緒にいらしていた。彼女は社会人一年生だという。
他にも楽しいことがたくさんある世の中なのに、よくぞお茶を選んでくれた、と握手でも交わしたい気持ちで横に座っていたわたくしは、もうおそろしく親切である。気持ちが、顔と態度に表れているのだろう。じつにわかりやすい人間なのだ。

ともかく、こうして縁あってこのお稽古場に来てくださったのだから、入門したら大切に育ってほしいと思う。それこそ、水と肥料とおひさまをたくさん与えて(褒める)、そして、そこそこ厳しく……である。
わたくしが直接教えるわけではないけれど、せっかく入ってくれた人に辞められるとつらい。
中小企業における新入社員を見守る先輩社員のような気持ちなんですね。

来週は奥伝の大円草を見ていただく予定なので、今日のお点前は台天目をおこなった。
大円草(だいえんのそう)は大円盆上に載せた唐物と和物のふたつの茶入を使用する点前である。奥伝の中でも台子を使わない種類で、大円盆扱いの「草」の点前だ。草とはいうものの、奥伝の点前は予習と復習がかかせない。
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今週末の展覧会情報

昨日のお稽古のあとは、曇天をにらみながら、都心へ。
今日はギャラリーを見て回ろうと決めていたのだ。きもの関係や工芸展など、お知らせくださる皆さん、いつもありがとうございます。


竹工芸家の
磯飛節子さんからは、日本橋三越本店での「第13回伝統工芸木竹展」のご案内。


5月24日(火)〜30日(月)、入場無料、日本橋三越本館1階中央ホール特設会場にて。

日本工芸会会員ならびに一般作家を対象にした伝統工芸系の展覧会である。磯飛さんはすてきな文箱を出品されていた。
木竹工芸のおもしろさは「滋味」。磨き込まれた木目のうつくしさや、竹を使った籠の表現を観察すると、自然をわが掌中におさめたいと願う、自己との真剣な格闘の痕跡がうかがえる。

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銀座・一穂堂ギャラリーでは「十代目  誉田屋源兵衛の帯展」。ちょうどギャラリーオーナーの青野恵子さんがいらしたので、誉田屋の帯の魅力についてお聞きした。


『春秋』と名付けられた袋帯(地が、渋い銀箔)と、波扇立涌地紋の無地染を取り合わせて。


誉田屋源兵衛(こんだやげんべえ)の物づくりの魅力は、京都で270年続く老舗製造卸メーカーであるにもかかわらず、江戸の粋を表現しているところ」にあるという。
今回は、桃山時代の意匠を取り入れた誉田屋らしい「攻め」感をただよわせる新作が並んだ。

そのなかでも注目は、緯糸に有名な名塩和紙の箔紙を使った箔帯だ。
兵庫の西宮の北でつくられる名塩雁皮紙(重要無形文化財)は、桃山・江戸時代からこの地に伝わるもので、泥土を混ぜて漉くために、虫害や変色に強く、燃えにくいなどの特徴がある。そのため古くから神社・仏閣・城館の襖紙として使用されてきた。
現在は人間国宝の谷野剛惟(たにの・たけのぶ)さんだけが手がけていて、伊勢神宮、桂離宮、日光東照宮、二条城などに使用される和紙も谷野さんの作だという。

その谷野さんの和紙を用いて箔紙を作成し、これを糸状に割いて緯糸として織ったものが、本展に並んでいる箔帯。デザインは、高台寺蒔絵の菊を思わせるものや、桃山小袖に表現される様式化された草花などを意匠として取り入れている。

こちらでは十数年前から開催している好評の帯展で、本展は2、3年ぶりとのこと。会期は今週の土曜日(28日)まで……なので、興味のある方は急いでお出かけを。

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九段下の
和食器ギャラリー・暮らしのうつわ花田では「岡本修(色絵)&岡田直人(白釉)陶工ふたり展」。5月18日(水)〜28日(土)。こちらも明日まで、でした(^_^;)。


花田のHPより。左は色絵あぜ道四方皿(岡本修)、右が白釉八角皿(岡田直人)。

昨年の12月の『甦る、古器。』展に出品されていたうつわに眼を見張り、お二方の仕事ぶりをあらためて拝見したくてうかがった。その節の古器展では、いろいろ買ってしまったわたくしである。
ちょうど店主の
松井信義さんが会場にいらして、昨年の古器展で、乾山写しの岡本さんの四方板皿や岡田さんの白磁鉢を購入したと話したら、今展のうつわについてもいろいろ説明くださった。

お話をうかがっていると、店主みずからが本当に『暮らしの骨董』を愛されていて、自分の愛する世界を、お客さまの食卓に、比較的廉価な値段のうつわにして届けたいと思っている気持ちが伝わってくる。
わたくし自身、骨董の染付のうつわをふだんの食卓で使っている人間だから、花田がプロデュースする骨董写しの現代のうつわは、その世界観も含めて、自然に魅入ってしまう。

今回、岡本さんが出されていた乾山写しの四方の向付……思わず食指が伸びる出来映え。岡田さんがつくるキレのある白磁のそばちょこ(驚くほど華奢だ)も、『草』のたたずまいながら『真』の格を備えた不思議な趣き。
わたくしはおふたりの世界、どちらもとても好きです。

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週末にかけてのお出かけ情報もひとつ。
横浜の
三溪園で、今日から3日間(27日〜29日)おこなわれる「日本の夏じたく」展である。今年で5回目を数える。


染色家・久保紀波さんは、出品作家でありながら、本展の事務局長でもある。自然の素材を生かした透明感のある扇や、墨を染料として用いた作品などが代表作。


銀や金を使って、和装小物を手がけるという銀線細工の松原智仁さん。今展はふだん使いできるアイテムも並ぶのだそう。


染織・墨画・漆・やきもの・日本刺繍・銀線細工・インドの布・竹工芸……などを手がける新進の物づくり作家10数人たちが、夏に向けての自作品を展示即売する。
すばらしい三溪園の庭園を背景にした『大人の文化祭』のような雰囲気で、好評を博しているという。大人はなにかと楽しくないと、出かけないのだ。

会期中庭園内の施設では、気軽なお茶席や点心がもうけられ(事前予約必要)、蒔絵体験や絹扇子の扇面づくり、ふろしき講座、古帛紗を縫う、などのイベントも各種予定されている。
詳しくは
こちらのHPを参照のこと。
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包帛紗

先週までは袷のきものを着ていたけれど、心はすでに単衣。今日は早起きをして半衿を塩瀬から絽縮緬に付け替えた。


きものは型染木綿の駒田佐久子さんの単衣に、タッサーシルクの無地のなごや帯を手早く締めた。

お休みしていたお茶のお稽古の振り替えのため、お弁当持参で稽古場へ行く。

稽古場では、来た人から箒とぞうきんで部屋を掃除し、手分けをしてお茶を漉したり、茶道具の準備をする。一番にうかがったわたくしは、しょっぱなに風炉の初炭手前をさせてもらった。

じつは、わたくしにとって、今日が炉から風炉に切り替わったはじめての稽古日で、風炉のお点前をするのは昨年10月以来である。

『風炉の炭手前って、どんなふうだったかな』と、毎回炉・風炉の切り換え時は、内心ヒヤヒヤする。炭斗の準備をしたときに何かが多いような気がして、若先生に「先生、これでよろしかったでしょうか?」と組んだ炭を念のために見ていただいた。

とはいうものの、お稽古とは続けていれば知らず知らずに身についているものらしく、動き出せば身体が動くので、心配したほどの惨状ではなかった。こういうときにお稽古の積み重ねを実感する。帰ったら復習。結局、これの繰り返しなのだろう。

初心者というKさんが、ふつうの薄茶をされるというので、様子を見せていただく。置柄杓、引柄杓などに悪戦苦闘されている。それの以前の、茶巾の扱いや棗を拭くといった割稽古のひとつひとつさえ、覚束ない感じ。

わたくしはお稽古曜日が違うので、Kさんのお点前を見せてもらったことがなかったから、Kさんの習熟度を知らなかった。
自動車が、シュッシュと走り出そうとするが、ヒュルヒュルとすぐにダウンするような様子。ご本人も「むずかしい、できない……」と、点前の最中に口にされている。

このような、特別な支援が必要と思われるぶきっちょさんには、別の教科指導プログラムをほどこしたほうがよいのではないかと、わたくしなどは感じてしまう。もう少し時間をかけて、ひとまず部分的に柄杓の扱いや割稽古をマスターするのに力を注いだほうがよさそうだと思うのだ。九九を覚えられなければ、方程式は解けない。
お茶の教え方はさまざまであるから、師のやり方にわたくしが口出しすべきことではないが。

わたくし自身、午後に包帛紗をおこなった。冬休みで帰省をしたときに、茶道の先生をしている実母に注意を受けた点前である。
「包帛紗は、薄茶器(棗)を濃茶器に代用する点前で、ただ帛紗で棗を包んであるだけだからむずかしくないわ」との油断を見透かすように、母からダメだしを受けた。

「帛紗の結び方が粗雑で、開き方が美しくない」というのである。側に座られて、何度もやり直しさせられたのだ。うーむ、うちの母は細かい。

他のことをあれこれ言われりゃ腹も立つが、お茶に関しては腹が立たない。母ではあるが、やはりお茶の先輩だからだろう。『あなたなら、まだ直せる。直しなさい』という。続けていれば、だんだんと誰からも注意を受けることが少なくなるものだ。だから身びいきとはいえ、より良い方向へ向かうために指摘をしてもらえることがありがたい。
そのやりとりを思い出しながらの、今日の包帛紗であった。


包帛紗は、濃茶器(茶入)の代わりに薄茶器の棗を用いる点前。通常の茶入は、仕覆とよばれる布のきものがついている。
棗には、ふつうそういった布の袋をつけない。だから自分の帛紗で棗を包んで、茶入の代用として、客前に出す。もともとは、名物茶入を持たない侘び茶人が濃茶をおこなうための点前だったのだろう。

その場合の棗は、茶会の芯となる濃茶席のうつわというポジションだから、格が高い真塗の黒中棗を使用するとされている。となれば、写真のような柄のついた帛紗を使うのは本当は避けるべきで、朱や赤、男性ならば紫の無地帛紗を用いるほうがよい。
柄のある帛紗は、無地帛紗にくらべると、遊びの要素が多いものだからである。今日はお稽古なので、たまたま柄のある帛紗を使ってしまった。

また帛紗といえば、ひとつの種類しかないと思われるかもしれないが、大きめの茶道具屋さんにいけば、無地帛紗でも『重め』『普通』『軽め』の3種類ほどが売っている。
包帛紗に用いるのは、軽めの「生地の薄い」ものが結びやすい。生地厚の帛紗では棗を上手に結べないからだ。
重めの帛紗は通常の点前では、帛紗さばきをしてもふっくらとした弾力があって、絹のよさを感じることができる。他人にはわかりにくいかもしれないけれど、帛紗も幾種類かを持ち、それらを使い分けるのも、ひそかな楽しみだ。

この帛紗は、芦屋の伯母のお古の干支帛紗。20年数年近く前のものだと思う。伯母は、淡交社が毎年販売している干支帛紗を買うのが楽しみであった。
淡交社の干支帛紗は、最近はこうした総柄のものはつくっていないけれど、わたくしも総柄の干支帛紗が好きなので、伯母のお古を出してきて、ときどき思い出しては使っている。伯母ちゃん、大切にしています。
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『亀屋伊織の仕事』山田和市著(淡交社刊)

和菓子が洋菓子と同じようにスポット浴びているのを、うれしく思っている私である。

お団子、餡玉、羊羹……といった昔から見慣れた和菓子も健在。和に洋のニュアンスを加えた創作和菓子も楽しい。デパ地下をぐるりと巡ると、和菓子の多様な姿に眼を見張ることになる。

雑誌では、お取り寄せできる全国各地の和菓子特集がひっきりなしに組まれるし、創作和菓子のレシピ集も多数出版。
和菓子を製作するいろんな方たちが、自作品をネットで展示し、販売の糸口にされているのを見かけることも増えた。
わが家にある和菓子関連本を数えてもきりがない。何冊あるだろうか。

今日は、最近本棚に加わった和菓子の本の話。(またまた本の話ですみません)

といっても、おやつにいただくような和菓子を取り上げたものではない。茶席で薄茶を服するときに供される「干菓子」が題材である。

干菓子とは、きんとんや薯蕷饅頭などの「生菓子」(茶席では主に濃茶に供されるもの)に対しての、乾いた和菓子を指す。
具体的にいうと、餅米の粉に砂糖を加えて型押しする「押物(おしもの)」や「煎餅」、蜜を煮詰めてかたちづくる「有平糖(ありへいとう)」、砂糖を寒梅粉(かんばいこ)で繋いで練った「生砂糖(きざとう)」などである。
生菓子(茶席では「主菓子(おもがし)」ともいう)は鉢に盛られることが多いけれど、
これらは乾いているか半生なので、縁の浅い木製の盆などに盛って、客前に出されるものである。



『亀屋伊織の仕事 相変わりませずの菓子』は、京都の二条通沿いに店を構える亀屋伊織の若主人、山田和市さんの初著作。亀屋伊織は、茶の湯の世界では有名な干菓子専門の菓子舗で、約400年の歴史があると伝えられている。現当主は和市さんのお父さん。17代目なのだそうだ。

亀屋伊織がつくる干菓子は、この世界では一頭地を抜いているとの高い評判を得ている。それは表千家・裏千家・武者小路千家の毎年の初釜をはじめ、他の重要な茶会でも、常にこちらの干菓子が使用されていることからもうかがいしるだろう。

本書は、裏千家の機関誌
『淡交』で連載していた文章に、豊富なカラー図版を加えて一冊にまとめたもの。わたくしは、一昨年だったかの連載中も、毎月待ち遠しい気持ちで読んでいたのだ。

というのも、つねづね「なぜ、亀屋伊織の干菓子は、独特の『茶趣』があるのだろう? どうして茶人が使いたくなる干菓子なのだろう?」と思っていたのである。たとえば、こんな文章を読むと、その秘密が少しわかるような気がする。

……お茶会のメインは濃茶です。この一碗のお茶をふるまうためにお客様を招き、おもてなしをするのですから、亭主は慎重にお点前をいたします。客の方もまた、この一碗をいただくために呼ばれて来ているのですから、亭主の一挙一動を見守り、お茶の練りあがるのを待ちます。主客とも大変な緊張のなかでいただくのが濃茶です。
 一方、薄茶は、濃茶をいただいた後に「どうぞお楽に」という気分でふるまわれます。薄茶席では煙草盆が用意され、時季よっては座布団がすすめられます。そうしてここで、干菓子を盛った器が運ばれてまいります。薄茶の場合、二服三服おすすめする意味から、干菓子は二種三種取り合わせて、少し多いめに盛るといいます。
 このように気楽な気分に供されるお菓子ですので、あまり肩肘張ったものよりは、ホンワカとやわらかく、作りすぎず、遊びのあるお菓子、父は「ざんぐり」といった言い方をよくしますが、そういうお菓子の方がふさわしいように思われます。

また、こんな文章にも、わたくしなどはズドンと胸を打ち抜かれてしまう。

……私どもでは、このお菓子のことを芸術作品か何かのように考えたこともございません。ただただお茶席のお菓子としてどうか、そのことをのみ考えて仕事を続けてまいりました。そのためには上手に作ることさえも、否定されることがあるほどです。私どものお菓子が、いわゆるお土産のお菓子と異なる点はこういうところであろうと思っております。箱から直接つまんで召し上がられても何の価値もないお菓子なのでございます。


和市さんは「干菓子とは味ではなく形を食べてもらうものだ」とも述べている。
器に盛ってはじめて100パーセントの力を発揮し、主客の交わりの中で花開く菓子。
茶席の菓子とは何か、について考えさせられる一書にちがいない。


※2回続けて、元いた会社の本を取り上げておりますが、偶然です。よその出版社の本も拝読しております。
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『チャノユ!』冬川智子著(淡交社刊)

犲磴い箸に、まずお茶に触れてほしい
わたくしが掲げている大きな願望である。

正直なところ、5、60歳を過ぎて、お茶を一から習いはじめても、挫折する方が少なくない。この年代は、若い頃ならすんなりと覚えられる点前作法に苦戦するのだ。なかなか覚えられないもどかしさで、へこみもするだろう。

お茶は生活文化であると同時に、芸事の一面も持つ。どうしたって芸事は、若いときに基本を身体に叩き込まれたほうが上達するのである。お茶は、芸事における「上手い」や「下手」という技術的な部分にまったく関係ないとは言い切れない部分がある。
技術的なところをまったく無視して、お茶への興味を保つのは、一般的にむずかしいだろう。

人生は長く、ずっとお茶のお稽古を続けていなくたって、若いときに一時期でも習っていた経験があれば、子育てから解放されるようになる4、50歳のときに「またお茶でもやろうか」とお稽古を再開するきっかけになる。
経験があれば、身体がなんとなく基礎を覚えているから、一から習うよりはすんなりお茶の世界に入っていけたりする。

若いときは技術的な点前作法を磨くだけだったお茶も、年齢を重ねてから再開してみたら、今度は、茶道具の取り合わせや、人間対人間の「もてなし」の面白さに眼が開かれるだろう。点前作法は若い頃にこそ早く修得できるが、「知的な趣味世界」は、大人になって、いっそうの深みに入っていけるものだからである。

もちろん、中高年になってからお茶をスタートし、続けている人がたくさんいることも存じている。しかし、人間として熟成したときに出会う茶の湯が楽しいものになるかは、若い頃に培ったお茶の素地があれば、より有効なのだ。
だからわたくしは、なるべく年齢の早い段階で、お茶の芽が育ってほしいな、と思いつづけている一面がある。


さて、とくに若手の初心者のために……お茶の本の話。

『チャノユ! お茶のお稽古、始めました。』というエッセイマンガが先月淡交社より刊行された。わたくしはさっそく息子(中1)に読んでみないか、と薦めてみたところ「お母さん、コレ面白いよ(^_-)」と。




冬川智子さんという漫画家による茶道のお稽古体験ルポである。
本書は、入門から通常のお稽古の様子、またお茶事デビューや、はじめて初釜へ行く様子が漫画でさらりと描かれていて、さながら茶道入門書的な顔を備えている。

漫画であるから1時間もあればすっかり読めるし、文字の入門書を読むのが面倒くさい、お茶の雰囲気ってどんなものかまず掴んでみたい、という人には判りやすいつくり。とくに大学生以下の人たちにおすすめしたい。

この冬川さん、まったく本当に茶の湯初心者らしく、お茶のお稽古に通うことになったものの、どんな服でいけばいいのか、持ち物はどうしたらよいのか、心底不安な様子がリアルに描かれる。
第一回目のお稽古に行くまでの「茶の湯って堅苦しいんじゃないか」「粗相をしないだろうか」と、多大な妄想との格闘。笑っちゃいけないが、「そうだろうなー」と、わたくしも思わずクスリ。


「うーむ、なんでもかんでも驚きすぎでは? 妄想しすぎでは? 感激しすぎでは?」と、突っ込みながら読むのも楽しい。たぶんとても素直な性格の方なのだろう。


お稽古に行ったら行ったで、まずはやさしそうな先生にホッとし、薄茶が意外に苦くないことに驚き、お点前の動作や茶道具の美しさ……ひとつひとつすべてが新しい発見であることを正直に綴っている。

本書は、茶道をすでに嗜んでいる上の年代の人にとっては「あー、そういえば私もそうだった! 若い頃はこういう気持ちでいたな。若い人のこういう部分をケアして大切に育てていきたいな」という犁い鼎瓩僚颪箸覆襪世蹐Δ掘⊇蘓桓圓縫廛譽璽鵐箸鬚靴討盍遒个譴修Δ澄

冬川さんと同じような初心者が読めば「みんな不安なんだ。わたしだけが特別じゃない。けれどお茶って面白いんだ」と深い共感を寄せることだろう。

現に息子も「ボクも久しぶりにお茶を点ててみようかな」とやる気になった。漫画だからこその即効性である。

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「いまどきの盛装きもの」展・シルクラブ

しばらくぶりのきものの展示会の仕事。「いまどきの『盛装きもの』展」である。
結婚式や気軽なレストランウエディング、式典、何かの節目などのときに着る現代的なきものの装いを特集したのが本展。この企画にかかわらせてもらった。


こういう時節に……と思う方もおいでかもしれないけれど、明るくて品のよい美しい色や柄のきものは、沈みがちな空気を一変させる。主催のシルクラブも「美しいものを見ていただくことで、皆さんの胸に少しでも灯りをともしたい」という気持ちで、この準備を進めていた。その思いにわたくしも共感する。

今回の目玉といえば、美智子皇后陛下をはじめ皇族方お好みのきものを多く手がけるという京都の『京正』の訪問着や付下げを多数用意しているところ。その数約50点。


こちらの商品は、写真では充分に魅力が伝わらない。あまりに繊細すぎる色・柄なのである。だからこうして写真でアップするのがもどかしい……。
波文様の波頭に金で刺繍をつけた付下げ。きものに仕立てると、まさしく訪問着の印象である。波文様の絵羽は、定番中の定番模様で、今も長く愛されているけれど、じつは波模様に出来不出来があるものだ。こちらの波の線は、のびやかなラインに勢いがあって、高い技術の糊目だとひと目でわかる。


素敵なチョコレート色の付下げ。この丸文の中に記された線の細さは驚愕ものである。それに、複雑なこの色には、青も赤もすべてを溶かし込んだ深みがある。


準備をしているときに、違う製造卸メーカーの営業担当の方とこんな会話を交わしたことがあった。

「今回は、京正さんの商品を多く並べられるんですね」
「ええ。こちらの商品はほんとうに素敵です。高度な友禅技術や刺繍で表された洗練の柄は小付け(柄が小さいこと)で品がよいですし、地色が清澄で落ち着きもある。卵色ひとつにしても、ただのぼやけた卵色じゃなくて、日本人に合うように絶妙にバランス配合されています。これはきっと引染なんでしょうね。こんな繊細な地色は、焚き染めじゃ出せないわ」
「京正さんの商品は、柄が少ないけれど、凝ってるんですよね。柄が多いよりも少ない反物をつくるほうが難しいといいます。『ここしかない』という場所に、力を集中して柄をつける。それも「つくり過ぎない」柄を、それとわからないような技術で。だから凝っていて飽きない。そういうきものは帯を生かせるものです」
「そうですね、まったく。このきものには、かならず力のある帯を合わせたくなりますよね。このきものたちを「優れたキャンパス」といったら、値段からして失礼に当たっちゃいますけれど。なるほど皇族の方たちをはじめ、多くのファンがいるのも納得ですね」

こちらの商品を、これほど比較して見られる機会は珍しいだろう。というのも、京正は、数をたくさんつくる製造卸メーカーさんではないのだ。無地場の多いきものの中では、日本トップクラスのクオリティーを誇るメーカーさんの作品をぜひご覧いただきたい。

さてさて、見るからに盛装、といったのきものが、じつはわたしは大好きである。
しかし、わたくしが実際結婚式やそういうハレの場に出掛けるとき、最近は重い柄の訪問着やこれでもかと金銀を施した重い袋帯などを使わなくなってきた。
そうした装いは浮くのである。とくに東京では。
なるべくシックに、けれど華やかに。そして最重要課題は「品よく」。

こういうきものは値段が高いことが多いから、元もとりたい。
ハレのいろんな場で、幅広く着られるような柄付けされたものだと助かるのである。だから、「つくり過ぎない」というニュアンスが大切な事項でもある。
そういうきものの「いまどき」のおしゃれはおもしろい。「ひねり」を効かせることができるからだ。


おもしろい力帯の中の一本。金銀糸を緯糸に埋め込んであり、光線で微妙に照りが生まれている。柘榴文様が、なんという大胆さ。


どんなきものにも合いそうな丸文橘唐草文様の袋帯。アイスシャーベットのような地色。


ふんわりとした唐織鳳凰紋の袋帯。地色はベージュで、文様は白一色、縁取りが金というシンプルな配色だ。今展は使い勝手のよい、あっさりとした白系の袋帯を多めに用意している。


光琳松をダイナミックにアレンジした透け感のある袋帯。透け感はあるが、オールシーズン使用できる優れもの。
はじめわたくしは、この袋帯にじつはあんまりそそられなかったのだが、昨日の展示会初日、いろいろなお客さまに仮当てして拝見していたところ、とても面白いなと認識を一変した。
大きな柄なので、お腹やお太鼓では、これらの一部分しか表れない。そうすると、なんだかよくわからないけれど抽象アートみたいな表現になった。締めると、マジックのように印象が豹変する帯だ。


古代染織染の第一人者、前田雨城さんの色無地も会場に並べている。こちらの色無地は訪問着のようなコクがある(訪問着と同等のお値段でもあるわけだけれど)。


お天気予報を見れば、お出かけによさそうな足許である。
よろしければ、気分転換に美しいものを見ていただければと思っている。
わたくしも明日は確実に終日在廊(他の日もいたりしますが、確実ではありません)。何か直接ご相談事があるならば、メールで予定をお確かめください。また会場では気軽にお声をかけてください。


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「いまどきの盛装きもの」展
〜軽めの装いが役立ちます〜


会場 
シルクラブ
   東京都中野区沼袋2-30-4
会期 2011年5月13日(金)〜19日(木)
時間 11時〜16時(会期中無休)




※付下げ訪問着は30万円台後半〜。唐織の軽めのなごや帯は10万円ぐらい〜。袋帯の中心価格帯は40万円台。
※震災の一助になればと、東北のお酒と御菓子が来場者にふるまわれる。昨日は、おなじみのお客さまが夕刻からギャラリー横のフリースペースで、ゆっくりお酒を嗜まれていた。とても楽しそうでしたよ!
※同期間に勝水貴一さんの作品展も。勝水さんは北海道の木工作家。魅力的な板皿と椅子の数々が並んでいる。

着こなし | comments(0) | trackbacks(0)

震災後1週間

東京は、震災以後、静かにこの現実を受け止めている。いまだ日中何度もおとずれる余震にふるえながら、被害がこれ以上悪化しないよう、ただただ切に願っている。

近隣のスーパーでは、米やパン、牛乳、カップ麺といった食料品から、テッシュやトイレットペーパー、電池といった生活消耗品が品切れ状態が続いていたが、食料品は今日ぐらいからだんだん棚に戻ってきた。
東京は、ひとりひとりが異常に買い占めなければふつうに流通するのは自明なのだけれど、「どこにもない」状態が、買い占め心理を引き起こしていたのだと思う。

パンがなけりゃ、ごはんを食べればよし。
ごはんがなくなったら、うどんやパスタを食べればよし。
しまい忘れていた缶詰や乾物だっていろいろある。何より自分の身体に備蓄(脂肪)あり……というわたくしをはじめてとする主婦たちは、今こそ知恵を絞って献立を考えれば、しばらくは買い物をしなくても生きていけるものと思う。
こんなときだから、楽しく献立を工夫したい。

震災一週間後の避難民の数は、なんと42万人という。疲れと寒さに耐えながら、不自由な生活を送っている様子をテレビで見ると、胸がふさがる思いがする。

みずからも被災者であるのに、避難民たちに食料を配り日夜救援活動をされていたりする地方自治体世話役の方々、自衛隊、警察、消防、医療従事者、諸外国の救援隊、福島原発事故の冷却作業や鎮火作業に携わる関係者たち……。この方々の決死の努力に頭が下がる。
原発事故では、マスコミが東電や政府の対応を糾弾する構えを見せているけれど、今、彼らを責めてなにかが好転する材料はない。
それよりも、彼らが真実の数値や現状をきちんと発表できる空気をつくり、それを国民に正確にすばやく伝える役目をマスコミに求めたいと思うのはわたくしだけだろうか。
また彼らは、ここまでの非常事態になったら最悪のシナリオを国民に話しておくべきだとも思う。「突然の最悪」が
人びとをパニックの行動に駆り立てる。もう少し国民の知性を信じてほしい。

ところで、わが家は、息子が昨年まで杉並区の公立小学校に通っていたので、区で発生した犯罪や緊急に伝達する必要のある情報をメール配信するサービスを受けている。「空き巣・ひったくり情報」「子どもの見守り情報」である。

じつは震災以後、杉並区ではこうした犯罪が一件もないのだ。震災前までは、少ないけれども日常的にあった犯罪がぴたりと止まっている。誰もがむやみに狼狽えることなく、秩序のある対応をし続けることが、東京にいるわたしたちができるひとつのことだろうと思っている。

さて、ご心配いただいた東北に住する親族の伯父さんであるけれど、昨日無事の一報が入り、今日、本人からわが家にも電話があった。

「ほんとうによく生きておられて……(絶句)」
「伊津子さん、長く話せないから用件だけ話します。今月の東京での食事会は中止だって、義明(夫)に言っておいてください」
「えっ? なんですって?」

伯父さんはそれだけ話して、ツーツーツーと電話が切れた。
今月末に、東京でおこなう予定だった食事会を中止にするというひと言。そりゃ未曾有の国難で、伯父さんは被災者本人なんだから、食事会は中止でしょうよー。
そちらの家は? ケガは?…………ともかく無事でによかったです。

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3月11日

昨日は、昼間のお茶のお稽古に行っていた。
そうしたら午後にガタガタと来て、はじめは「地震じゃない?」と話している余裕があったのだけれど、すぐに「ガガガガ」とものすごく揺れて、釣釜の釜が炉壇のあちこちにぶつかって湯が吹き出しそうになった。茶室のある日本家屋のガラスも怖ろしい音を立て始めた。

おそろしくなって茶庭に出たら、隣家との境である塀も、地植えされた木々や植栽も、見たことがないほど揺れている。きものを着たまま地面にしゃがんで、姉弟子さんたちとしばらく震えていた。

ちょうど期末試験中で、午前で帰宅した中1の息子が自宅にいたため、「先生、ひとりで自宅にいる息子が心配なので帰ります」と急いで帰路につく。徒歩で帰れるお稽古場であったことに感謝。

途中、公園にたくさんの人が集まっていたり、肉屋のおばさんが防災頭巾をかぶっている姿を見て、これはどうなっているのかとはやる気持ちで自宅にたどり着いたら、会社にいるはずの夫が家にいて、息子を保護していた。

夫はほんとうに偶然、奇跡的に仕事が早くに片付いて、先週の土日も休日出勤していたので、午後休をとることにして帰ってきたのだという。
「それはよかったわね」という間もなく余震が続いて、皆で家中の本棚を抑え、風呂に水を溜めたり、懐中電灯やロウソクなどの備蓄の確認をし、窓を開けてすぐに出られるようにしながら、震源地である東北の被害をテレビで見つめていたが……もう凝視できないような状況で心を痛めている。

被災地の皆さんに心よりお見舞いを申し上げます。読者の皆さんは、大丈夫でしたでしょうか?
わが家も東北地方に住する夫の親族のひとりとまだ連絡がとれません。心配しています。

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昨日の記事について

昨日の「ダイソーが扱っている茶筅」の記事で、このようなコメントが寄せられました。

Posted by 茶々  at 2011/03/10 10:39 AM
 はじめてコメントさせて頂きます。
 中国製の茶筅などの竹製品は色を抜くのに漂白剤を使っているそうです。
 これを金魚鉢にいれると金魚が浮かんでくるそうで、特にお子さんのプレゼントにはおすすめ出来るような物ではないと思います。
 (最近は日本製でもそのような処理をしているそうですが)
 青竹を白竹にするまでには火であぶり、油抜きをして数年干してと大変手間がかかるらしく、手っ取り早く漂白して安く販売しているようです。

茶々さん、コメントをありがとうございます。
確かに口に入れる物の安全性は、各人がとても気になるところ。製造工程における安全衛生管理は、茶筅であっても食品同様の注意が払われてほしいものですよね。

わたくしは昨日の記事中で「(ダイソーで扱っている中国製の茶筅が)これだけ安ければ、いろいろ使いようがあるような気がする。はじめて小さな子どもに茶の湯を体験してもらうときなどに、各自にひとつずつ茶筅をプレゼントすることだって気軽にできそうだ。」と書きましたが、茶々さんがすぐに慎重な立場で助言のコメントをしてくださったことに深く感謝しています。

わたくしは、こちらの商品の安全性に詳しくないので、本記事を読んだ皆さんが、それぞれの判断で、こちらの商品の安全性を確かめた上でご使用になられますよう、本日あらためてお願い申し上げる次第です。
申し訳ありませんが、もしも安全性に不備があったとしても、わたくしはその損害に対して一切責任を負えません。

さて、こちらのブログは、日に平均して約3000人前後の読者がいます。運営しているわたくしは「すごい数だなあ」と内心思っています。

こういう機会ですから、読者のみなさんにひとつお願いをしたいのですが、少なくない方がコメント欄もチェックされていると思いますので、できましたらコメントをする場合は客観的判断材料をともなった文章にしていただけると幸いです。

たとえば、今回の場合なら……もしダイソーさん側から「風評被害だ!」と言われたら、発言の根拠となった具体例やニュースソースを明かして反駁しなくてはいけないぐらいの気持ちで、よく言葉を選んでコメントしたほうがよいと思っています。

わたくし自身、不用意な人間なので、つい後先考えずにブラックな物言いでブログの原稿を書いてしまうことがあります。そのため、ここで大きなことは言えないのですが、それでも原稿の基調音として、責任のある文章を書くように心がけているつもりです。

たくさんの方がお読みになっている現状を踏まえて、コメントを寄せてくださいます方々も、認識なき過失を招かれませんよう、どうかよろしくお願い申し上げます。

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100円ショップの茶筅と懐紙

隣町に出たついでに、100円ショップの「ダイソー」に立ち寄った。

というのも、ラッピング用の透明な袋を買いたかったからである。わたくしは頻繁にこちらに行くわけではないが、行ったらだいたい全棚をじっくり見て、「えー、こんなのも100円なの!」と感心しながら時間を費やすことになる。

今日は抹茶の茶筅が、和食器の棚で売っていたのに気づいた。すごい! 皆さんはご存じでしたか? 

さすがにこれは100円ではなく、300円(税込で315円)の商品。けれど、茶道具店で茶筅の一般品は約3000円である。お稽古用の数穂でも1000円ほどの値段がするので、こちらは格段に安い。

ところで、茶筅には、濃茶用と薄茶用、そして天目茶碗でのお茶を点てるときに使う天目用の種類がある。一般的に見かける茶筅は薄茶用で、こちらは濃茶用のそれに対して穂の数が多い。

薄茶用の茶筅でよいものは120本立てや100本立て、それから80本立て、数穂(約70本前後)というような種類がある。
濃茶用の茶筅は薄茶用よりも穂の数が少なくて、中荒穂や荒穂などと呼ばれている。およそ40〜60本立てだろう。

茶筅の穂の数が多いほど、製作時に竹を割く高度なテクニックがいるので、高い値段になっていく。
また、煤竹(表千家)、黒竹(武者小路千家)、白竹(裏千家やその他)といった竹の種類によっても値段が異なるし、高山茶筅などの国内のブランド品は中国製にくらべて高価である。

ダイソーの300円茶筅は60本立てなので、薄茶に使うよりも濃茶を練るのによさそうな本数。とはいえ、わたくしは自宅できまぐれに濃茶を練ったりしないタイプ(ちなみに薄茶は、だいたい毎食後やおやつの時間に飲んでます)。

買っても使わないかもなー、けれどいつも以上に手首のスナップをきかせたら薄茶でも使えるか……などとブツブツつぶやきつつ検討。ま、値段が値段だから文句はいえまい。製造は中国製。

ところで、これだけ安ければ、いろいろ使いようがあるような気がする。はじめて小さな子どもに茶の湯を体験してもらうときなどに、各自にひとつずつ茶筅をプレゼントすることだって気軽にできそうだ。

また茶筅の横では懐紙も売っていた。こちらはひとつ100円也。それもまたまたびっくりしたことに「各御家元好み」と包みに記してある。大創産業の家元好みの懐紙なんてものがあったのか……。マジ?


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