一より習ひ

「稽古とは一より習い十を知り、
 十よりかえる元のその一」なのだそう。
 和の世界をマイペースで巡る
 植田伊津子の徒然記です。

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お下がりの単衣のきもの

単衣紋付きの無地。武蔵境の伯母から20代の頃にもらったものである。

あるお茶会の懸け釜のお手伝いをしていたとき、伯母が陣中見舞いを兼ねて来てくれた。
田舎の実母がこしらえた私のきものを見て、「まあ、こんな地味な色に染めさせるなんて。あなたのお母さんはどうかしてるわ。20代ならもっと他の色を着なくては……」と、眉をひそめたことがあった。

私はせっかく茶会へ来てくれた御礼をいうタイミングをのがし、しばらく水屋裏で伯母の小言を聞いていたが、茶会が終わる頃にはそれを言われたことさえ忘れかけていた。
しかし、伯母は帰宅して
さっそく母に電話を入れたのだった。

母は「お義姉さんに叱られちゃったわ。あなたに変なきものを着せているって……。その色のきものは、年齢に見合うようになるまで、しばらく置いておきましょう。そうすると、違う色のきものをつくるしかないわね」と、伯母からの電話の受話器を置いた途端、こちらへ電話を寄越したのだった。

確かにそれは、地味めを好む母の趣味そのもので、当時のわたしには落ち着きすぎた鈍い赤土色の単衣。
きものの仕事もする今の私なら、ひんぱんに着る機会の多い無地のきものは、はじめは薄色でつくり、染め替えるたびに濃くしていく色の選択をすると思う。それがもっとも経済的だからだ。

しかし、あの当時、母はもうこれ以上の濃色はなかろうというぐらいの色で、いきなり白生地をつぶしてしまった。ずいぶん思い切った判断だ。母のあっけらかんとした性分を垣間見た感じがした。

伯母からの一撃で、結局
そのきものは母自身が着ることになって、あちらへ送り返した。そうして3ヶ月ほどすると、また母から単衣のきものが送られてきたのだった。

「お義姉さんが、これを伊津子ちゃんの寸法に仕立て直して役立てなさいって、送ってこられたのよ」という。
荷物を解けば、それもまだ少し地味なグレイッシュピンクの単衣紋付きで、伯母が着ていたものだった。いかにも伯母らしい趣きのきものである。

一見してわたくしの好みではなかったが、母が伯母からあれこれ言われるのも難儀なので「わかったわ……。じゃあこれを着る」と素直に受け取っておいた。

今日は、久しぶりにそのきものを出してきたのである。奥伝の大円草のお稽古が晩に入っていたためだ。

それぞれ長く茶を嗜んできた身内のお下がりのきものに袖を通すと、鏡の中には思いがけずその色が似合う自分自身がいた。
『こういう色が、しっくりくる歳になったのだなあ』としみじみもしたし、その昔の伯母や母とのやりとりが急に甦ったのである。
「こんなの要らない」と言下に否定しなくてよかった。人は変わる。
きものが思い出を連れてきたのだった。


大円草のお稽古は、稽古場でも30年来の古株だというベテランの姉弟子のYさんがご一緒で、はじめにYさんの様子を見せていただいたから、後のわたくしは2ヶ所ほどつまずきはしたけれど、なんとかスムーズに終わった。
師も「今の調子でね」とおっしゃってくださる。『今日は伯母ちゃんがついているものね』とひとり安堵する。

そういえば、このきものを着た姿をまだ伯母に見せたことがないのではなかったか、と気掛かりになりながら、足早に夜道を帰った。

お稽古・茶道 | comments(2) | trackbacks(0)

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COMMENTS

Posted by みどりの葉っぱ  at 2011/06/08 1:41 PM
はじめまして。都内在勤会社員です。いつも大変興味深く拝見しております。私も、20代に花嫁修業として入門して以来30年近く裏千家茶道を続けてはおりますが、茶の湯の愉しみに目覚めたのはここ数年ですのでおのずと力量がしれるというもの。
植田様の「一より習い」を感心と尊敬の念で拝見しております。
着物についてのご意見も信頼がおけ、研究会に着る着物に悩んだ時、植田様のコーディネートを真似させて頂きました。
特に、譲られた着物を活かすワザが具体的でとても参考になっております。「一より習い」を単行本に!というご意見を拝見しましたが私も同じ思いです。
Posted by 植田伊津子  at 2011/06/09 1:33 PM
みどりの葉っぱさん

何にそんなに感心してくださるのか……わたくしは本当に未熟な茶人のひとりで、いろいろな方に出会うたびに、いつも恥ずかしい思いをしています。なんでも皆さんよくご存じですが、こうして文章にされないだけなのです。

ただ、わたくしがブログを書けば、弟妹たちは「姉が元気にしている」と安心しますし、わたし自身も頭の中が整理されて「こんな風に考えているんだな、自分は……」と納得できたりすることも多く、できる範囲で駄文を書き連ねている次第です。

いつも、好意的にお読みくださっていることを、深く感謝いたします。葉っぱさんの茶のある暮らしに、このブログが一助となるようならば、幸いです。

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