一より習ひ

「稽古とは一より習い十を知り、
 十よりかえる元のその一」なのだそう。
 和の世界をマイペースで巡る
 植田伊津子の徒然記です。

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包帛紗

先週までは袷のきものを着ていたけれど、心はすでに単衣。今日は早起きをして半衿を塩瀬から絽縮緬に付け替えた。


きものは型染木綿の駒田佐久子さんの単衣に、タッサーシルクの無地のなごや帯を手早く締めた。

お休みしていたお茶のお稽古の振り替えのため、お弁当持参で稽古場へ行く。

稽古場では、来た人から箒とぞうきんで部屋を掃除し、手分けをしてお茶を漉したり、茶道具の準備をする。一番にうかがったわたくしは、しょっぱなに風炉の初炭手前をさせてもらった。

じつは、わたくしにとって、今日が炉から風炉に切り替わったはじめての稽古日で、風炉のお点前をするのは昨年10月以来である。

『風炉の炭手前って、どんなふうだったかな』と、毎回炉・風炉の切り換え時は、内心ヒヤヒヤする。炭斗の準備をしたときに何かが多いような気がして、若先生に「先生、これでよろしかったでしょうか?」と組んだ炭を念のために見ていただいた。

とはいうものの、お稽古とは続けていれば知らず知らずに身についているものらしく、動き出せば身体が動くので、心配したほどの惨状ではなかった。こういうときにお稽古の積み重ねを実感する。帰ったら復習。結局、これの繰り返しなのだろう。

初心者というKさんが、ふつうの薄茶をされるというので、様子を見せていただく。置柄杓、引柄杓などに悪戦苦闘されている。それの以前の、茶巾の扱いや棗を拭くといった割稽古のひとつひとつさえ、覚束ない感じ。

わたくしはお稽古曜日が違うので、Kさんのお点前を見せてもらったことがなかったから、Kさんの習熟度を知らなかった。
自動車が、シュッシュと走り出そうとするが、ヒュルヒュルとすぐにダウンするような様子。ご本人も「むずかしい、できない……」と、点前の最中に口にされている。

このような、特別な支援が必要と思われるぶきっちょさんには、別の教科指導プログラムをほどこしたほうがよいのではないかと、わたくしなどは感じてしまう。もう少し時間をかけて、ひとまず部分的に柄杓の扱いや割稽古をマスターするのに力を注いだほうがよさそうだと思うのだ。九九を覚えられなければ、方程式は解けない。
お茶の教え方はさまざまであるから、師のやり方にわたくしが口出しすべきことではないが。

わたくし自身、午後に包帛紗をおこなった。冬休みで帰省をしたときに、茶道の先生をしている実母に注意を受けた点前である。
「包帛紗は、薄茶器(棗)を濃茶器に代用する点前で、ただ帛紗で棗を包んであるだけだからむずかしくないわ」との油断を見透かすように、母からダメだしを受けた。

「帛紗の結び方が粗雑で、開き方が美しくない」というのである。側に座られて、何度もやり直しさせられたのだ。うーむ、うちの母は細かい。

他のことをあれこれ言われりゃ腹も立つが、お茶に関しては腹が立たない。母ではあるが、やはりお茶の先輩だからだろう。『あなたなら、まだ直せる。直しなさい』という。続けていれば、だんだんと誰からも注意を受けることが少なくなるものだ。だから身びいきとはいえ、より良い方向へ向かうために指摘をしてもらえることがありがたい。
そのやりとりを思い出しながらの、今日の包帛紗であった。


包帛紗は、濃茶器(茶入)の代わりに薄茶器の棗を用いる点前。通常の茶入は、仕覆とよばれる布のきものがついている。
棗には、ふつうそういった布の袋をつけない。だから自分の帛紗で棗を包んで、茶入の代用として、客前に出す。もともとは、名物茶入を持たない侘び茶人が濃茶をおこなうための点前だったのだろう。

その場合の棗は、茶会の芯となる濃茶席のうつわというポジションだから、格が高い真塗の黒中棗を使用するとされている。となれば、写真のような柄のついた帛紗を使うのは本当は避けるべきで、朱や赤、男性ならば紫の無地帛紗を用いるほうがよい。
柄のある帛紗は、無地帛紗にくらべると、遊びの要素が多いものだからである。今日はお稽古なので、たまたま柄のある帛紗を使ってしまった。

また帛紗といえば、ひとつの種類しかないと思われるかもしれないが、大きめの茶道具屋さんにいけば、無地帛紗でも『重め』『普通』『軽め』の3種類ほどが売っている。
包帛紗に用いるのは、軽めの「生地の薄い」ものが結びやすい。生地厚の帛紗では棗を上手に結べないからだ。
重めの帛紗は通常の点前では、帛紗さばきをしてもふっくらとした弾力があって、絹のよさを感じることができる。他人にはわかりにくいかもしれないけれど、帛紗も幾種類かを持ち、それらを使い分けるのも、ひそかな楽しみだ。

この帛紗は、芦屋の伯母のお古の干支帛紗。20年数年近く前のものだと思う。伯母は、淡交社が毎年販売している干支帛紗を買うのが楽しみであった。
淡交社の干支帛紗は、最近はこうした総柄のものはつくっていないけれど、わたくしも総柄の干支帛紗が好きなので、伯母のお古を出してきて、ときどき思い出しては使っている。伯母ちゃん、大切にしています。
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COMMENTS

Posted by Tomoko  at 2011/05/27 3:53 PM
ああ〜!ずっと以前も駒田さんのこの単衣を拝見して、次はいつごろ個展なさるのかしら〜?いつか拝見してみたいわあ、な〜んて思っていまして、今しがた検索しましたら、つい一昨日まで原宿でやってらしたと知って、ガッカリしているところです。うう〜・・・。
木綿の単衣はいいですね。ところでこの染め木綿のお手入れはどうなさっているのでしょう?自分で手洗い?作家ものですし、やはりプロのお任せでしょうか?
Posted by モモタロウ  at 2011/05/27 11:01 PM
全然関係ないですけど、いっちゃんのブログを読むと、
朝NHKのEテレビでやってる”0655”の
「ちょっと知ってるといばれるの歌〜難読漢字篇〜♪」
を思い出します。
読めね〜〜(泣
Posted by 植田伊津子  at 2011/05/28 12:13 AM
>Tomokoさん

木綿の単衣のお手入れ。悩ましいですよね。目下のわたくしの悩みもそれ、です。基本的に木綿なので、自宅で洗えるわけですが、木綿は洗うとやはり生地のハリが失われるもの。
(ゆかたも洗えば洗うほど、ヘナヘナし、やわらかくなります)

このきものは作家物でもあるので、基本的には帰宅後すぐに、ワキやウエスト、背中から腰にかけての部分を中心に霧吹きを繰り返し、タオルではさんで、汗を抜くようにしています。しかし、これでは油脂の汚れは落ちません。

ですから、今年は単衣のシーズンが終わったら、きものおたすけくらぶさん(http://www.kimono-otasuke.com/)に丸洗いに出そうかな、と思っています。

>モモタロウさん

思わずコメントに大笑いをしたわたくし。だよね「読めねー」よね!

このブログは、システム上、振り仮名(編集の専門用語では『ルビ』といいます)をつけることができません。
そのため、本来、わたくしが仕事で原稿を書くときは、お茶の専門用語にはかなりルビを振るように心がけているのですが、ここではそうしていません。

たぶん、これを読んでいる読者の大半は、お茶をしている人だから読めるだろう、との私自身の甘えもありますし、このブログは売文ではないからです(読者はタダでこれを読めます)。

そのため、モモタロウさんのような人は、ずいぶんと読みにくいだろうし、『なんのこっちゃ???』というようなことでしょう。

本当はもっと他のことで誇れることがあればよいのですが、わたくしの得意分野がコレなので、こういうことしか書けないわけでして……。とかくマニアな世界の話。ごめんね〜(汗)。
Posted by Kさんの分身  at 2011/05/29 1:16 AM
そのKさん、まるで我がことのようで身につまされます。
私の師匠が見かねて同じ日に2回続けてお稽古することで覚えられるようになりました。こういうことは、他のご社中ではやらないのですか。
Posted by 植田伊津子  at 2011/05/30 11:22 PM
Kさんの分身さん

うちのお稽古場は、小習(ただし、続き薄や貴人清次、重茶碗など、一回の点前で二碗を用いるものは除く)の点前は、1人につき2回のお点前をする決まりとなっています。
四ケ伝以上、もしくは二碗ものなら、1人1回ですね。
うちの教場はこういう決まりですが、わが母(兵庫でお茶の先生をしています)のお稽古場は、種類に限らず、1人2回のお点前としています。
お客さま役のお稽古は、いずれも1回以上おこないます。

お点前の回数は、お稽古場の人数や先生の考え方によってさまざまです。1日に2回続けてお点前をしても覚えられない人もおられますし、1回の点前でほとんど覚えてしまう人もおられます。
お点前を覚える力も個人差があるようです。

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