一より習ひ

「稽古とは一より習い十を知り、
 十よりかえる元のその一」なのだそう。
 和の世界をマイペースで巡る
 植田伊津子の徒然記です。

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大人の学び

今年に入ってから、一度も定例土曜日のお茶のお稽古にうかがえていない。先週は、官休庵さんの初釜にお招きいただいたのでお稽古をお休みした。その前の週も、土曜に用事があったので、別の日に振り替えてもらった。

今日は、イレギュラーでうかがった奥さまクラスで感じたことをお話しようと思う。

平日昼間クラスは、土曜組と異なって、生徒の構成が家庭の奥さまたちが中心となっている。反対に、平日夜、もしくは土曜クラスのほとんどが有職者たち。こうした傾向は、どこのお稽古場でも同じだろう。

昼間クラスで、わたくしがお客さま役だったときのこと。そのお点前をされていたのがKさんだった。

Kさんはとても若々しく見えるのだけれど、歳は60近辺の方で、この教場へ30年ほども通われているベテランである。昔は稽古場の近辺に住んでいたらしいが、今は横浜にある自宅から毎週1時間半をかけていらしている。

初釜の際に、「長時間をかけて通うのが、体力的につらくなってきました。今年はお稽古に通う回数を少し減らそうかなと思っています」と正直にお話になっていた。
「まあ、そんなことを言うのはまだ早いわよ。がんばって通ってきてください」と、Kさんよりもっとご年配の方や師が笑って応答されたりしていた。

さて、その日、じっと無言でKさんのお点前を拝見していたら、帛紗さばきのところで『ザッザッ』とかすかな音がした。
わたくしはこの音に聞き覚えがある。『働く母』の手の音だ。

主婦は毎日の家事によって、冬場はことさら手が荒れる。ハンドクリームをつけても追いつかない。指先がささくれ、手の甲全体が粉を吹いて乾燥し、日常的に擦り傷を負うのだ。
そういう人が点前で帛紗を扱うと、帛紗の絹に手のささくれが引っかかって『ザッザッ』と音がする。

わたくしも手がものすごく荒れるようになってしまった。会社勤めの頃は、たぶんおそらく、一般的な主婦ほどまじめに家事をしていなかったのだろう。日常的に手が荒れてみてはじめて、家族の生活を支える労働の実感が湧いた。

帛紗に引っかかるKさんの手の荒れの音を聞いたとき、実家の母が思い出された。母も、点前のときに、Kさんと同じ音をさせていた。冬になると、しばしばこう言っていたものだ。

「若い女性の手はいいわね。それだけで点前がきれいに見えるもの。わたしは、家事だけじゃなくて畑仕事でも手を酷使しているから、帛紗さばきでは音がするし、女らしく見えないわ。けれど……主婦をやめるわけにもいかないし……どうしようもないわね」
といいながら、風呂上がりにハンドクリームを手に擦り込んでいた。

手はその人を映す。
『ザッザッ』と音を立てながら帛紗をさばいて茶器を清め、毎回「点前の順番を忘れちゃったわ」といいながら、お稽古に通っている主婦たち。彼女らが、長いこと今の茶の湯を支えていることを忘れてはいけない。

わたくしは、なんというか……うまく言えないのだけれど、Kさんが荒れた手で点前をしている様子を見て、ちょっと涙ぐんでしまったのだ。
こういう「茶の湯」がもっと大切にされてもいいじゃないか、と思ったわけである。

日々の生活を大切にしている主婦たちが、長年お茶のお稽古に真摯に通ってきている姿を見ると、茶の湯という世界は何を成し遂げられるのか、という見えない目的に向かって突き詰めようとしているわたくしの「カタイ芯」ももちろん大切だとは思うものの、「きわめて個人的な、人間の楽しみとしての茶の湯」、いうなれば『大人の学び』の姿がとても愛おしくなる。

主婦たちにとっては、茶の湯の稽古そのものが生き甲斐になっているのだろうし、あらゆる悩み事をいっとき忘れさせてくれる貴い時間だったりするのだ。その道のプロになりたい人ばかりではないだろう。

道具もさほどもたず、茶室もなく、それでもお茶の稽古に通っている。その時間がその人にとってすばらしいものであるならば、誰もが茶の湯にかかわっている大きな意味があると、わたくしは強く感じたのでした。

お稽古・茶道 | comments(3) | trackbacks(0)

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COMMENTS

Posted by Tomoko  at 2011/01/26 7:04 PM
読んでいて引き込まれました。
母の手・・・絵が浮かぶようでした。その母の手になるお茶もまたいいものですね。
これまで習った先生二人がそれぞれに引退なさって以来、お茶とのご縁が切れました。私は兼業主婦としてのお茶に、またいつの日かご縁があるといいなあ〜と思っています。
いいお話をありがとうございました。
Posted by 律子  at 2011/01/26 10:41 PM
久しぶりにメールしました(笑)
植田さまのブログを楽しみにしています。そういえば昨年の今頃初めましてメールしまして、雪まつりの雪像の話やお茶を再開しようかどうしようか迷っています、と唐突に相談しました。その節はたいへん失礼致しました。いまだ再開していませんが函館に引っ越して約8か月が経ちまして、やっと慣れつつありますので3月くらいから再開しようかと考えています。
前置きが長くなりました(涙)
主婦の手による袱紗さばきについてですが、目からウロコと言いますか、正直、え〜ッ!と驚きました。
私が習っていました19〜32才の時に感じていたことと同じことと言いますか。。。。
私は自分だけだと思い込んでいたんです。学生時代も手荒れがひどく、社会人になってからも仕事柄かなり手を酷使してまして、手のひら、特に指先ががっさがさでザシュっと鈍い音がしたかと思った瞬間、袱紗がよく引っかかっましたっけ。こんなことは自分だけだと思いながら情けなくて。。。。。
そんな音を他の人は出していませんし、まして、袱紗さばきでつっかかる人はいませんでした。
ただ、植田さまのおっしゃるK様の手と私の手の意味は全く違いますよね。K様の手はK様のお茶の道であり、本当にK様の人生、生きざまそのものなのですね。。。その点を見抜かれたのもやはり植田さまだからです。そして更に驚くのはそんなお二人とも、凄い方をお弟子さんに持つ先生もきっと立派な先生なのだろうな。。。 長くなりました。思わず心が動きましてメールしました(笑)大変失礼致しました。またメールしますね。息子さんはお元気ですか?
Posted by 植田伊津子  at 2011/01/28 1:09 AM
Tomokoさん
律子さん

なんか今回はちょっと「わたくしらしくない」感じの話を書いてしまったので、このようなコメントをいただくと、恥ずかしくて穴に入りたい感じがしているのです。なので、なので、御返事も簡単なものでお許しください。
お心入れのメール、それぞれにありがとうございました(^_-)。

うちの息子は変わらず元気にしております。声変わりの時期をむかえているようです。


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