一より習ひ

「稽古とは一より習い十を知り、
 十よりかえる元のその一」なのだそう。
 和の世界をマイペースで巡る
 植田伊津子の徒然記です。

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巧匠会茶会(2)

先週末は初釜でした。次の日も、別のお誘いで初釜の連チャン。
一月は初釜ネタからはじめたいところですが、今日は、先月の巧匠会(こうしょうかい)茶会の続きを書いてしまいます。

本記事は、先月書きかけのまま放置していたもの。わたくしの場合、茶会レポートは、いつもの記事より書くのに時間がかかります。だから心に余裕がないと書けない。仕事に追われているとますます書けないわけで……遅くなってごめんなさい。

このところ仕事全開モードのため、今年は初釜のことをブログに書けるかどうかわかりません。書けそうならば、取り上げたいと思いますが……。

さて、巧匠会前回の記事はこちら。先にそちらに目を通されてから、本日の記事をお読みください。

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日常生活において『もてなす』というとき、それなりの準備をするだろう。わたくしもそう。
来てくれる人に喜んでもらいたいな、と自然に思う。
お茶会で道具を組むという行為も、それとまったく同じ線上にある話。どんな茶道具を使って、そこにどんな「物語」を与えるか、その采配をおこなうのが亭主、茶会における席主の役割である。

巧匠会当日は、各流派のいろんな席がかかっていて楽しかったと先日書いた。手前味噌にはなるが、そのなかでもわが師の席が、茶会の主旨に席主の気持ちが寄り添っているようで、個人的に興味深かった。

席主は、このように口火を切った。
「この茶会の席主の依頼をお受けしたのが2年前。他の席主の方のように、わたくしは流派の高い立場にある人間ではないので、どんな道具を組めばこの茶会にふさわしいかをずいぶん考えたものです。そこで、わたくしは、巧匠会の歴史を彩ってきたゆかりの方の道具を中心に集めてみました」

わたくしは、巧匠会のメンバーをほとんど存じなかったので、へえ!と感嘆するばかり。
ところが、メインの主茶碗が戸田即日庵・勝久(宗安)先生の尊父、戸田宗寛先生手びねりの赤楽であった。席中のわたくしは自席で静かに激しく反応した。「宗寛先生ですか!」と。



わたくしは、先代の戸田宗寛先生を間接的に知っていた。深い見識を持った昔気質の厳しい先生、という噂を聞いたことがあったし、わたくしが淡交社に入社するもっと以前、『なごみ』に載っていた宗寛先生のインタビュー記事を学生時代に読んだこともある。宗寛先生は、「巧匠会」の名付け親なのだそうだ。
(宗寛先生は、『裏千家茶道入門』東都書房刊、『茶の湯無古無今』講談社刊、『裏千家お茶事入門』講談社刊という本を上梓されている。絶版だけれど、図書館などで借りることができる)

というのも、わたくしが淡交社新人時代より長く『なごみ』で連載執筆されていたのが、宗寛先生の息子、戸田勝久(宗安)さんだった。
当時、毎月編集部員のひとりとして、戸田先生の原稿を読んではいたが、じつのところ、その頃は何の事を書いておられるのかまったく理解不能。小娘には歯が立たない内容だったのだ。しかしそれから20年経った今、戸田先生のおもしろさが、ようやく少しだけわかるようになってきたと感じている。

つい最近も、井伊直弼の茶書の名著『茶湯一会集・閑夜茶話』(岩波文庫刊、戸田勝久校注)を読み直したところだった。先生の細かい校注は、あいかわらずむずかしめ。けれど、あらためて井伊直弼の茶の湯観に感じ入ったのは、戸田先生の校注のおかげだったように思う。




さて、茶会のほうに戻ろう。
薄茶器は、あの
渡辺喜三郎の金輪寺。木目を生かしたデリケートな塗りをほどこす職人として、今でもたいへん人気が高い人。現在、畠山記念館に懐石道具のコレクションがあることでも知られている。
茶杓は少庵写しの
二代瓢阿。不審菴所蔵の杓を写したのだろう。少庵は当然宗易形を踏襲したかたち。不審菴の本歌より蟻腰の部分がそれほどでもないようだ。二代瓢阿さんはメンバーだったひとり。
茶碗は先ほど説明した戸田即日庵の宗寛手びねりの赤楽で銘「よもやま」。こういうものは造形がうんぬんというよりも、人に添った目で見るものだろう。巧匠会にかかわった宗寛先生へのオマージュの一碗。


替茶碗は初代真葛(宮川)香山の祥瑞写し。横浜真葛焼の初代宮川香山は明治時代の名工。超絶的な装飾陶技で知られ、万国博覧会で絶賛された。喜三郎や香山は巧匠会のメンバーではなさそうに思うが、関東つながりなのかな。→あとで聞いたところ、喜三郎は巧匠会の設立メンバーとのこと。なるほど!


炉縁は、現代の巧匠会メンバー前島秀光作で、酒造古材を用いたものらしい。前島さんは木匠会を主宰するなど独自の活動をしている方。煙草盆もこの方の作。
織部好の真形釜は明治〜昭和初期のメンバーのひとり、山口浄雄さん。現在は3代目の山口孝雄さんが跡を継いでいるという。


棚は、宮中御用指物師であり、茶の湯指物師でもある竹内不山作の寒雲卓(圓能斎好み)。大正〜昭和にかけて活躍したという。不山の弟子には、のちの人間国宝となった
中臺瑞真がいる。巧匠会のメンバーの一員だったのか。


水指は大野鈍阿の斑唐津の片口。鈍阿といえば、数寄者の巨人・益田鈍翁に重用されたやきもの師。益田鈍翁の一字「鈍」から、「鈍阿」と名付けられた。大正から昭和初期、鈍翁所持の名品を手本として、素焼、楽焼、萩、唐津、三島など幅広いのやきものを手がけている。
この片口は、本来水指でつくられたものではないのだろう。鈍阿も巧匠会とは関係なさそうだけれど、関東つながりでしょうかね。

ほかに、「曽呂利」の花入は岡崎雪声、菓子器は鎌倉彫の後藤博古堂、香合は板谷波山など。床は三井高保(華精)の和歌懐紙だった。


それにしても関東以外の方には、マニアな道具組ではなかろうか。
全国的に見たらすごく「的が狭い」ような気がする。しかし関東在住の茶道具作家で巧匠会メンバーというものは、そういうものなのだろう(地域の物づくり作家は、その地域の茶人がバックアップしていたに違いないのだから)。

ともかく、今の巧匠会メンバーならまだしも、少し前である近代の巧匠会メンバーの茶道具を探すのは半端なくむずかしかったと推察する。だって、これらはそんなに出回っているタイプの茶道具とは、到底思われない。
おそらくこういう方々の作品は、その代の茶人本人の思い入れが強いものだろうから、代替わりしてしまったら収蔵庫の奥に仕舞われているか、茶の嗜みがない後継者の家ならすでに処分していそうだ。

これらの道具をコツコツと集めたわたくしの師は、おもしろい人だと思う。
個人的にはこういう変化球みたいなマニアな道具組もテリトリーなので、いろいろ楽しめたわけです……ただ、300人もの人が参加する大寄せ茶会のパーセンテージからいえば、
わたくしみたいな人間は、さほど多くはなさそうだというところだけが気になる。

茶会が主客交歓の場だとすれば、客が道具に感応してくれないと、亭主側はいちいち「この人はね、こういう人でね」と説明をおこなう。それは啓蒙だろう。だからといって、大寄せは誰もがわかる道具を組まなきゃね、ということになったら、それはそれでポピュラリティの塊みたいな場ともいえ、茶の湯に関する深い見識を交歓し合う場にはならない。

大寄せ茶会の道具組とは、詰まるところ「詰まらない」ともいえる。大寄せに箱書のあるものが並びがちなのは、箱書さえあれば「すごいわ!」と誰もが感心して反応できる……そういう点を考えると、この道具組はある種のむずかしさを感じたのでした。

わたくしは、せっかくならば、どういう茶会にいっても、その亭主の心入れの道具組を深く味わいたいと思っている。茶会の醍醐味とはなにか。茶席でいつもただ「へえー」と感心するのもいいが、亭主が投げているボールを、即座に客側が打ち返してこそのコミュニケーションが、お茶のいちばん「大切な部分」かもしれないと感じているのである。

とすれば亭主は、自分の組む道具組が、自己満足ではなく、きちんと客の心に届いているかを考え続けるべきであろうし、客も同時にまた、茶の湯に対する興味を
つねに深めていく努力をしなくてはいけないような気がするのだ。その先の風景が見られるかどうかは、自身にかかっている。


お稽古・茶道 | comments(3) | trackbacks(0)

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COMMENTS

Posted by はつき  at 2011/01/12 5:47 PM
はじめまして。いつも楽しみに読ませていただいております。
植田さんとは同世代ですが、私は茶道も着物も初心者。特にお茶に対する姿勢など、勉強させていただいております。

>亭主が投げているボールを、即座に客側が打ち返してこそのコミュニケーションが、お茶のいちばん「大切な部分」かもしれないと感じている

この点、本当にうなづけました。この亭主と客のやりとりがはずむと、初心者の私でもその席を大変楽しむことができます。
まだまだ道のりは果てしなく遠いところですが、目標を高く持って進みたいと思います。ぜひこれからも刺激になるお話しをお願いいたします。
Posted by 植田伊津子  at 2011/01/13 9:50 PM
はつきさん

メールをありがとうございます。いつもお読みいただいているとのこと、恐れ入ります。

日頃感じた何気ないことでも、それを文章にしてあらわすと、とてもえらそうな口調になっているのではないかと、わたくし自身ひやひやしていて、多分に誤解されていると思いますが、本当に物を知っているわけじゃないのです。
だから、どうかこれからも一緒にお茶を楽しんでいきましょー。
このブログが、はつきさんの茶の湯生活の一助になるようなら幸いです(*^_^*)。
Posted by -  at 2013/05/19 4:18 PM
管理者の承認待ちコメントです。

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