一より習ひ

「稽古とは一より習い十を知り、
 十よりかえる元のその一」なのだそう。
 和の世界をマイペースで巡る
 植田伊津子の徒然記です。

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冬の茶の湯における身体感覚

お正月をはさんで、思いがけず大雪に見舞われた実家。晦日の朝、目覚めたら、50cm近くの雪が積もっていた。
実家は約築90年ほどの建物で、生活空間は部分改装をして冷暖房を完備しているが、雨戸を引く室は昔ながらの建具なので、すきま風に見舞われる。
油断をしていたら、廊下に雪が積もっていたりするのである。東京の比ではない。ほんとうに寒いのだ。

外出したとき、幹線道路の温度計が示していたのがマイナス4度。
寒さに耐えきれなくて、ヒートテックのタイツを購入した。タイツを2枚重ねて、なおかつ防寒の厚手の靴下をはくのである。上半身もヒートテックの上にセーターを着て、フリースを着用。
このまま暖房の部屋にいたり、少し動いたりすればかなり暑いわけなのだが、そうではないところではこれぐらい着て普通。

サッシに囲まれた東京の自宅にいると、薄着でうろうろすることが普通になっているけれど、実家に戻るたびに、室内にいるのにジンジンと足の指の感覚がなくなるような寒威を感じて、「ああこれこれ。そうだった。冬は『寒い』のだった」と強烈に思い出すことになる。

さて、日本家屋の中でも茶室はとくに寒いのをご存じだろうか。

というのも、日本家屋の構造は、周りに廊下をめぐらして室をつくる。降雪地帯の家屋では、この廊下が冷気を和らげる緩衝材のような役目をしている。


たとえばわが家の奥の間の廊下。二方を板の間で囲んでいる。この幅によって寒暖の調節ができる。こうした廊下に雪が積もっていて、朝驚いたりするわけ。

ところが、広間でない小間の茶室は必要最小限の空間なので、室内を保護する構造ではなかった。かんたんにいえば、常に皮のないアンコのような成り立ち方をしているのだ。

小窓には障子のみ、そして四方を土壁に囲まれた小間の室内は、おそろしく寒い。
『土壁は、防音、防寒、防火にすぐれている』のは、倉ほどの厚さがある場合だろう。土の厚みが薄い茶室は、寒気をダイレクトに伝えるものだ。小間の茶室は、その壁のすぐそばに客が座ることになる。

ちょうど利休が小間茶室を創案した安土桃山時代は、世界的な小氷河期にあたり、今より0.5〜1度温度が低かったという。

ということは、たとえば実家のあの日の-4度の温度が-5度だったりするわけで、身体を温めるということが、冬の茶の湯にとって、どれほど重要な課題であったかを想像したい。
どんなすばらしい道具立てだったとしても、歯の根が合わない寒さなら、客も亭主も茶の湯どころではなかったはずである。

「きっと冬の茶事の食事(懐石)における『お酒』は、風炉の季節よりも大切だろうな。お酒を飲めば、まず身体が温まるものなあ」「冬の炭手前は、とくに緊張感があっただろうなあ。火が弱かったりつかなかったりしたら、とんでもないぞ」「口が狭くて、お茶の温度が下がりにくいかたちの筒茶碗が生まれるのは、当然の成り行きだっただろう」
などと、実家の寒ーい茶室にひとり座って黙考したのである。

冷暖房完備の現代社会にとって、この「寒さ」を理解するのはむずかしくなっている。寒い地方に育ったわたくしでさえ、日頃は寒さを忘れてしまっている。
茶事における酒も、炭も、筒茶碗も、頭では理解しているものの、身体感覚が弱い。だから、この趣向を、この所作の必然を、このかたちを、身体が欲しているという強い希求がなくなりつつある。

今の茶の湯ってままごとみたいかも、とふと思った正月です。
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