一より習ひ

「稽古とは一より習い十を知り、
 十よりかえる元のその一」なのだそう。
 和の世界をマイペースで巡る
 植田伊津子の徒然記です。

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正月飾り

正月の御飾りを購入する。今年は10年ぶりに東京の自宅でお正月を迎える準備をしている。

さて、御飾りとは注連飾りをはじめ、新年の飾り物の総称。
神棚・門・戸口・床の間・台所(竈)・井戸・便所などの「場所」、机・本棚・箪笥などの「家具類」、その他工場などでは「機械類」、「車」などに飾るといわれる。

さて、神棚も門も床の間も井戸もなくなりかけている昨今、街なかの住まいでは、御飾りをする場所はほんとうに少ない。ひとつふたつを買ったら、それで事が足りるのである。
だからといって御飾りをしないのは、外国にいるようで気持ちが悪い。どんなに軽々しくても、飾るものを飾らないと、お正月を迎える気にならないのだ。

わたしの住んでいる地域は、年末に近づくと駅の近辺に露店が2軒ほど立って、いろんな大きさの注連飾りや輪飾りが売られている。

この露店は、じつは東京に来てはじめて遭遇したもので、実家あたりに専門の店はなく、町の雑貨屋や花屋がそれらを扱っていた。おめでたい正月準備用品を扱う露店が立つと、ことさら年の瀬の趣を深まるのを、私は大人になってから知ったのである。毎年この時期になると、薄い汗を浮かべた威勢のよいおじさんの潔い立ち振る舞いに見とれている。

さて、私が御飾りを選び終えると、「今日中に飾ってね。一日飾りとなっちゃうからね」とおじさんに念押しをされた。
もともと「苦」を避ける意味で、29日に飾り物をしたり、餅をつくのを避けるのはよく知られている。
また31日に御飾りをするのは、新年の神様を迎えるのに一夜だけでは失礼として、昔から嫌う風習があるのだという。そのため27か28日、遅くとも30日に飾るとよい。

残すところ1日。
明日は小さな正月花を生けて、これまた小さな鏡餅をお供えし、年越しそばの準備である。おぜんざい用の小豆も朝から炊かなくては。




しつらい | - | -

ハタキ

師走も約10日を過ぎると、整理のつかない本棚を見てはため息が出、お風呂場のカビや換気扇の油汚れをいかにして落とすかに頭を悩ませるのが恒例行事である。年を越して1月になれば不思議と本棚のほこりも目に入らなくなるのに、どうして12月だと「掃除をしなくては」という切羽詰まった気持ちになるのか。

先日、深夜の通販番組・ショップチャンネルを見ていたら「イージークリーン マルチクリーナー 年末スペシャルセット」なるものが紹介されていて、どうしても欲しくなって注文してしまった。まったくショップチャンネルにうまく乗せられているひとりなわけなのだが、番組のキャスト(司会者)のお姉さんの「驚くほど汚れが落ちます」と鼻の穴をふくらませてコーフン気味にまくしたてる弾丸トークに、「これで今年のわが家は万全にちがいない。購入するべし」と確信を深めたのだった。間違いなく、天井やトイレもピッカピカになりそうだ。

このようなことを書くと、まるで相当な掃除好きのように思われるかもしれないけれど、じつのところ私は「掃除機」と「ほこり」が大の苦手である。
苦手というより「ほこりアレルギー」なので、掃除機をかけようものなら、くしゃみと鼻水がとまらなくなり、なおかつその日一日微熱が出て、とたんに病人化する。まったく仕事にならないのである。
したがって結婚以来、掃除機がけやほこりの出る布団干しなどは夫にやってもらっていて、私はもっぱら拭き掃除担当。ぞうきんがけは大好きだから、何時間でもゴシゴシしている。

けれど、何かにつけ口うるさい私は、夫の掃除法、とくにほこりを落とす作業に文句が多いのであった。夫は毛糸を束ねたような化学モップで、棚や本棚のほこりをはらうのだけれど、「それではきれいにならない。ハタキを使ったほうがよいのでは」と口を出してしまい、始終険悪ムードになるのだ。

私は純日本家屋に育った人間なので、断然ハタキ派なのである。昔は掃除をするといえば、いきなり箒(ほうき)や掃除機をかけたりしないで、まず天井の四隅や棚の上、障子などを、手首のスナップを利かせてハタキをかけ、チリやほこりを床に落とすのが常であった。
ほこりが充分に沈静してから、床面を掃いたり拭いたりするのである。

ハタキのかけ方は、先の布が対象に軽く触れるぐらいのスナップのかけ方がよく、強すぎると障子を破ったりするので注意が必要である。ハタキを上下することで起きる風も重要で、その勢いでほこりを落とすから、スナップが弱すぎてもいけない。

母から、口うるさく「強すぎて障子が破れる、桟が壊れる」「ハタキで『ぬぐう』んじゃないの、『はらう』の」と細かくしつけられたものである。ハタキが上手にかけられるようになったら、いっぱしのオトナになったような気がした。

いつしか畳間が消え、絨毯を敷いて洋風に生活するようになった頃から、ハタキの旗色が悪くなったと思う。夫が愛するモップなら毛束に汚れがつくから、ほこりが下に落ちない。
けれど、私はそれだと垢付いた薄皮を1枚つけたままのような気がするのだけれど、個人的嗜好の問題なのだろうとも思う。

幼少の頃は、ハタキを遠慮なくかけて、ほこりが室内をたくさん舞っていたと思うけれど、「ほこりアレルギー」にはならなかった。
上京をして機密性の高いマンションに住むようになって、「マンションというものは、
なんて戸がぴっちりとしまるのか」と感激しているうちに発症したのである。
実家のすきま風だらけの不便な暮らしが、このところ妙に懐かしい。





しつらい | - | -

待庵写しの茶室

『きもの熱』などの著作のある文筆家・清野恵里子さんが、自宅に招いてくださった。
「いらっしゃい、元気そうね。まずは陽のあるうちに、植田さんに見せたいものがあるのよ……」といたずら小僧のような目でうながす。

気持ちのよい木の階段を上っていくと、待庵(たいあん)を現代的に解釈した初々しいお茶室があった。
昨年家を改装されたときに、手元にある美術品を飾る空間として「茶室」をつくられたという。

待庵とは、京都の大山崎の妙喜庵(みょうきあん)内にある利休好みと伝えられる茶室である。二畳敷きの隅に炉が切ってある。亭主が一畳、客の座に一畳。これ以下の大きさは考えられない極小の空間だ。しかも隅炉(すみろ)というのは、道具を置くのが炉脇の狭い場所のみなので、道具の置き合わせの変化も望めない。利休が侘び茶の極みとして追求した茶室空間と言われている。

私は、残念ながら本物の待庵を訪れたことはなく、写真でしか知らない。
二畳という狭さに加えて、粗野に見せかけた細部や、藁スサ(ザクザク切った藁。もともと壁の補強材の役割)を塗り込んだ荒荒しい土壁も大きな特徴である。

しかし、ここのお茶室はそうではない。あくまでも、窓や畳、床のサイズを同じにしながら、材は、吟味された初(うぶ)な味わいのものを「盛りだくさん」にしないように気をつけて使っているようだ。
「床柱は天平時代の古材を使ったのよ。これと出会ったのが決定的だった」という。古材にもいろいろあるが、清らかでうつくしく、まろやかな印象。壁に藁スサはなく、シンプルすぎるぐらいだった。
「なるほど。こういう手もあるのか」と、じっくり見せていただく。

そのまま古い待庵を写したのではない。様式を変えずに材の構成を新しく見直すのは、現代の風を招き入れる茶室のヒントになりそうだ。
単純なだけの構成では物足りないものだが、そこは抜かりがない。
よく見ると、こちらの茶室は床框(とこがまち。床の間の化粧横木)がない。床畳、板床でもない。グレーの聚楽壁の床で、自然になじんている。
そこにくりぬきの古い盆が堂々と座していた。聞けば、誰もが知っている著名な古美術コレクター旧蔵の品だそうで、落ち着き場所を得たたたずまいがあった。

写真を撮らせてもらいたかったが、今日は携帯を忘れてしまい、ただただ目に焼き付けるのみ。かなり残念。

そののち、ざっくばらんな歓談のひとときとなった。「いつものごはんしかないわよー」と照れながら言われるのだが、よばれたお料理がすべて美味、デザートもデリシャス。なにげないふだんの食事に贅沢を感じる。きものをはじめとして、美の偏差値が高い人は、食の偏差値も高いのだと納得させられた。
きものの話や仕事のことなど、あちこちに話が飛び、共通の知り合いに電話をかけたりしてはおおいに笑い、はっと気がつくとすでに7時間近くもいる!
『子犬のカイがやって来て』(幻冬舎刊)のカイくんが、ギョロリとした大きな目で「いつまでいるんだよー」と睨んでいるような気さえする。わかってますって。帰ります、帰ります。
春に向けて、楽しい遊びの計画を二人で立てた。遊びはいつも即決である。
しつらい | - | -