一より習ひ

「稽古とは一より習い十を知り、
 十よりかえる元のその一」なのだそう。
 和の世界をマイペースで巡る
 植田伊津子の徒然記です。

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「1か月本読まず」52%…読売調査

『読売新聞社の読書に関する全国世論調査(9月25〜26日実施、面接方式)で、1か月間に1冊も本を読まなかった人は52%だった。

 この質問を始めた1980年以降では、2002年の54%、昨年と98年の53%に次ぐ高い割合となった。

 読まなかった理由(複数回答)は、「時間がなかった」46%(昨年51%)、「読みたい本がなかった」21%(同21%)、「本を読まなくても困らない」16%(同18%)などの順に多かった。

 電子書籍について聞いたところ「利用したことがあるし、今後も利用したい」6%(同5%)、「利用したことはあるが、今後は利用したいと思わない」3%(同3%)で、利用者の割合は昨年から大きな変化はなかった。ただ、「利用したことはないが、利用してみたい」は25%(同19%)に増え、「利用したことはないし、利用したいと思わない」は65%(同71%)に減った。(2010年10月24日01時25分  YOMIURI  ONLINE)』
 
……52%! 100人のうち1か月で48人、半分以下しか本を読んでいないということだ。この数字を見て、うなだれている編集者たちの顔が浮かぶ。わたくしもそのひとり。
刊行しても、返本の山。どの出版社の編集部も人手不足、ひとりに科せられる仕事量が半端ではなく、オーバーワークが常態化している状況である。
読みたい本がなかった」という理由からは、編集側の企画不足、自己満足的な本づくりへの反省が深く求められるだろうが……それにしても……。

携帯とパソコンなしには生きられないが、本がなくても生きられる人が多い現実と真正面から向き合わなければいけない。本は何を伝えるべきか、について考えさせられる。

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『一の糸』有吉佐和子著・『一絃の琴』宮尾登美子著

先月、結構忙しくしていたのに、国立劇場小劇場の文楽公演へ出かけた日があった。

それの1週間ほど前、仲良くしている女義のお三味線の鶴澤寛也さんに会ったときに、「そういえば植田さん、今月の文楽は見に行く?」と聞かれ、「行きたいと思っているんだけれど、予定が見えない。むずかしいかも……」と言っていた舌の根が乾かぬうちに、たまたま身体が空いた日にチケットを譲ってもらったものだから、ひょこひょこと出かけたのである。



見たのは昼の部で、『良弁杉由来』の呂勢大夫を弾いていた清治さんの三味線に思いを深くしたものだから、そのチケットを譲ってくれたSさんに早速御礼メールを出した。Sさんは、お茶のお稽古場のお仲間。

ところで、ご存じの方もたくさんいると思うけれど、鶴澤清治さんという方は義太夫三味線の第一人者で、若くして名人・4世越路大夫の相三味線に抜擢された経歴をもつ。越路大夫以後も、天才の名を欲しいままに、ずっと憎らしい巧さのまま過ごされ、2007年にはスピード出世といってよい速さで、人間国宝に認定された。

しかし越路師匠が引退されて以後の約20年、芸が高めあえる大夫と、相三味線とはいえないまでも夫婦的なコンビを組んで過ごしてきたかといえば、そうではないように思う。
大夫が定まらないのである。

『才』が勝ちすぎるところが、良くも悪くも清治さんなのだろう。だから、名前のある大夫たちは、清治さんの通常の仕事や他の活動を、物のついでに言葉の端々でクールに触れるなど、違う人種を見るように
うっすらと遠巻きにしている風に感じられないこともない。
これはあくまで、個人的な印象。推察の域を出ないことははっきり申し上げておく。

もとより清治さんは、大夫が語りやすい三味線というよりも、三味線が大夫と対等に渡りあってこそ、文楽の表現が深まるという信条を持たれている方。
とはいうものの、一面だけでその人間を断じるのは軽率だろう。その筋の人いわく「師匠は人あたりもよく、明るい方で、部屋でも面白いことおっしゃったり……」なのだそうだ。

大夫と三味線の組み合わせは、たぶんにいろいろな事情があるに違いない。……けれど「素裸で関わり合う関係」に憧れる気持ちがわたくしにはあって、それはどの大夫さんと三味線さんであっても例外ではない。
もちろんのこと、誰とでも合わせられる才能には敬服する。
しかし、ただ大切なひとりと長い間向かい合って会得できる芸の境地にも興味がそそられたりするのである。

さて近年、清治さんとよくコンビを組んでいる若手の呂勢大夫の活躍がめざましい。

9月公演でも、呂勢大夫がよく聞こえるのだ。担当したのは『桜宮物狂いの段』。筋はほとんどなく、華やかな花見のなかで、渚という女性が哀しみにくれている情景を描いた舞踊的な感じの場面。
この人、天性の声のよさもあるだろうけれど、清治さんによって底上げされている部分が大きい感じがする。

チケットをくれたSさんに、その呂勢大夫と清治さんのことを、有吉佐和子著の『一の糸』(新潮文庫刊)の内容を引きながら、わたくしはメールした。

ちなみに本書は、文楽の三味線弾きの名手・露沢清太郎(のちの徳兵衛)と、徳兵衛の芸に惚れ抜いた茜という女性の物語である。


物語の後半、徳兵衛の身に、25年も連れそってきたトップの宇壺大夫を見限らなくてはいけない事件が起きる。宇壺大夫が、今現在、相三味線を務めている徳兵衛を差し置いて、かつてケンカ別れをした先代・徳兵衛の三味線を大新聞のコラムで褒め、「今の徳兵衛は先代には及びませんな」と漏らしたのが発端だった。
徳兵衛は、信頼していた相手の大夫に失望し「もう二度と文楽の舞台には立たない」と、若隠居してしまう。

芸人として油が乗った時期に、無為に毎日を過ごす徳兵衛の苦痛。
協会が何度間をとりもっても、彼は高いプライドと矜持で重い腰をあげない。というか、あげられない。舞台を去って数年したのち、協会の幹部は、徳兵衛の元に、ひとりの有望な大夫をつれてきて「こいつを一人前にしてやってくれ」という。
文楽のために自分は何ができるか……総決算をするつもりで腹をくくった徳兵衛は
、常軌を逸するほどの熱心さで若手大夫の鍛えはじめる。若手大夫も、天才三味線奏者の特訓に死に物狂いでついていく。

とまあ、文楽の知識がなくても、次々とページを読ませられる有吉さんの『一の糸』なのだけれど、それはさておき、わたくしはSさんへ書き送ったメールの文に『一の糸』ではなく、『一絃の琴』と書いていたらしいのだ。


Sさんは、わたくしの暑苦しいメールの文章を読んで『一絃の琴』の本を買われたそうだが、読み進むうちにどうも内容が違うと気づく。

だって、まったく文楽が出てこない! そりゃ、こっちは一弦琴と深い因縁で結ばれた女一代記ですもの。それに『一絃の琴』を書いたのは宮尾登美子さんなのだ。

後日「『一絃の琴』を読んだことがなかったから、これはこれで面白かったわ」とSさんに言われて、カーッと顔が赤くなるのがわかった。書名を間違えるなんて……バカにもほどがある。


話は最初に戻る。昼公演の総合的な出来としては、三島由起夫作『
鰯売恋曳網(いわしうりこいのひきあみ)』が義太夫として力があったように思う。歌舞伎の藤間勘十郎が初振付した文楽人形も見物だった。

この演目は歌舞伎の定番の曲として定着しているけれど、「古典様式」に則って義太夫に直したという本曲も、何度か舞台にかけてこなれたら、もっと人気が出そうである。全体のバランスがよく、軽く楽しめるし、義太夫らしいのがわたくしの好みだ。


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先週読んだ本

《Book read through》

『王様は裸だと言った子供はその後どうなったか』森達也著 集英社新書刊。
なじみのある寓話やよく知られた物語を別面から読み解く、物語のその後を描く、とくれば、倉橋由美子著の『大人のための残酷物語』のような雰囲気なのかな、と一瞬錯覚するけれど、オウム真理教の映画『A』を手がけたドキュメンタリー映画家であり作家でもある森達也さんの描く「物語のその後」は、誰がどんな思想を持つに到ったかをじっと観察するような現実感にあふれたタッチ。

勧善懲悪、予定調和なお伽噺に登場する「正義」と「悪」を冷静に眺めたら、一方的な解釈が違って見えてくるし、どちら側の主張、立場にも分があることを知らされる。
どんな時代もこういう見方をする人がいないと日本は不安。……と戦後65年のくぎりのお盆を過ごした先週だった。

ところで、倉橋由美子さんは、わたくしが好きな作家のひとりで、この人の著作はすべて読んでいる。こんな暑い毎日は、冷房のかかった部屋で倉橋さんのうつくしい日本語、極上のエロティシズム漂うファンタジーを味わいたい。


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『星と輝き 花と咲き』


松井今朝子著『星と輝き  花と咲き』講談社刊。

朝日新聞に掲載されていた酒井順子さんの書評
について少しボヤいたところ、産経新聞にも本著の書評が載っていましたよ!というご指摘のメールをいただく。

書評者は、まあ
鶴澤寛也さん。2つを読みくらべてみたらおもしろいかも……。


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『時雨の記』中里恒子著

中里恒子『時雨の記』(文春文庫)。その昔に読んだのを久しぶりに読み返した。
知人の息子の結婚式で20年ぶりに再会した、とある会社重役の壬生と、夫と死別して一人けなげに生きる女性、多江。ふたりのおとなのプラトニックな愛を描いた長篇小説だ。作家没後に、吉永小百合主演で映画化されてもいるが、わたくしはそれは見ていない。

本著は、壬生と多江のふたりともに骨董茶道の心得がある設定。中里さんは小林秀雄に古美術の薫陶を受けたとされ、自身が古代ガラスの蒐集もしていたという。『日本の名随筆 茶』(作品社)の編者も彼女である。

壬生が、多江の茶会の道具合わせに付き合うというくだりがある。
多江は、目の肥えた壬生に所蔵品を見せるのがどこか怖い。壬生は江戸中期頃の九尻の花生と古染付の徳利、掛け軸を提げてやってきた。飾ってある土器の花生のイマイチな敷板を見て「麻縄でこしらえさせよう」とその寸法を手帳に書きつけたり、多江が掛けていた軸物に代えて、持参した奈良絵を掛けたり……ふたりで骨董の話に投じてゆく。

さて、昔はまったく引っかからなかったのに、今回読み直して響いてきたのはこんな部分。
壬生は
ひととおり多江の道具を見終わって、二、三の品を脇にどけて、こういう。

「こんなもの、捨ててしまいなさいよ、」
「どうして、」
「あんたがもっているには、ふさわしくない、高いの、安いの、ということではありませんよ、僕がいやなんだ、」
「あなたのものでもあるまいし、」
「……そんなことは万万ないけれど、もしもだね、あなたの亡(な)いあとに、誰かが、この道具を見るとしよう……そうすると、あなたの持っているいい品まで、下(さが)る……」
 多江はどきりとしました。
 稽古用にと、たしかに下(くだ)らないものも幾つか数を揃え、多江自身、気に入らないものでも、数として、ひと通りは揃えてあるのでした。
 たしかに、身一つの自分が、そういう立場になったとき、ただ数だけ揃えてあったところで、どこに執心が残ろうか。好きなものを、二つでも、三つでも、多江らしいと言われるものを残したほうが、どんなにか、すっきりするであろう、すぐ、それは、多江の心を波立たせました。
「ずいぶん、容赦のないことを仰言る……でも、それは、あたしも考えていました」
 壬生は、笑い出して、
「そんな深刻がるには、及ばないよ、あなたの始末は、僕が、必ずする、僕は、あなたを残しては死なないから」

情の通わない妻のいる壬生が、多江にのめりこみつつある一場面。多少気心は通じ合ってきたものの、2人は「ただの関係」なのである。男と女のそれではない。

しかしこんなことを言われたら、のめりこみそうになりますね。わたくしならば、その人に。
中里さんは、少しあざといと思わせるぐらいにうまい。古美術の造詣が深かったんだろうなあと思わせられるし、物を所有するという人間の情景描写などにも共感してしまう。

おとなになるほど、ストレートで強い剛速球が投げられるものだ。終わりのときを見通して、恋の彼方を予測する身には、はかない愛惜の思いしかなく駆け引きは不要なものとなる。そこのところが、40歳を越えてくると、だんだん切実に思えるわたくしであった。

※今年後半期、どんな本を読んだのか、記録をつけてみようかなーと思います。雑多なものも含めて全部。読了本のタイトルをブログに記します。ときどき感想も書きます。

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『自転車ぎこぎこ』伊藤礼著(平凡社刊)

喉を痛めて体調不良である。
ゴホゴホと家中に菌をまき散らしている。息子や夫は大迷惑だろう。いや、まことに申し訳ない事態。

5日より仕事始めとなり、このところ外出が続いているが、外でおしゃべりしていたらまったく治らない。昨日も青息吐息で帰宅したのち、残っていた体力で晩ご飯をつくったら力尽きて、早寝をする。

枕頭での読書が習慣のわたくしだけれど、伊藤礼さんの新著
『自転車ぎこぎこ』(平凡社刊)を読み耽る前に落ちた。





伊藤礼さんは、文芸評論家であり翻訳者であった
伊藤整の次男にあたり、わが家から歩いて3分ほどの場所に先生のお住まいがある。
礼さんには、かつて私がたずさわった雑誌に一年連載をしてもらったことがあって、月に一度、こちらの自宅へ原稿をいただきにあがっていた。
先生は、その頃、日大芸術学部の教授というお仕事に就いていらした。

礼さんを知ったのは『狸ビール』という本である。
講談社エッセイ賞を受賞した本書をはじめて読んだときに、シニカルな視点と独特のユーモアセンスにいっぺんに魅了されてファンになり、連載を依頼したのだった。

礼さんのご趣味は、大まかにいうと下記のような変遷をしていて、その時代ごとの足跡を軽妙な随筆に記されていて、私はずっとそれを愛読している。

その昔は狩猟。
(『狸ビール』(講談社文庫刊)に詳細が記されている。かなりおかしい)

わたくしがお付き合いしていた頃は囲碁。
(『パチリの人』(新潮社刊)。これもほのぼの笑える)

日大教授の定年前後からは自転車。
『こぐこぐ自転車』『自転車ぎこぎこ』(ともに平凡社刊)。これらを読むと自転車が欲しくなって困る)

昔はお体が丈夫ではなく、虎ノ門病院に原稿をいただきにあがったこともあるぐらいで、今の自転車熱による元気さがまったく想像できないが、近所でたまさか「宮田号」(←愛用されているママチャリ)に乗っておられる礼先生本人を見かけると、感慨深いものがある。
人は「70歳を過ぎても筋力を鍛えたら丈夫になれる」といわれているが、先生の姿を拝見すると、自転車による体力増進を目の当たりにするわたくしなのであった。

今年喜寿、数えなら傘寿になろうかという礼先生の自転車生活、そのお仲間たちとの交流を描いた猩型洋魯▲殴▲欧離帖璽螢鵐哀┘奪札き畭2弾が本書である。
第1弾『こぐこぐ自転車』も、じつに滋味にあふれた文章だった。サイクリングを語りながら、深い人生哲学?!にも足を踏み入れ、ある種の紳士道を感じさせる好著だと思う。未読の方には、ぜひセットでの購入をおすすめしたい。

本著では、さらにサイクリングを極められている。
前著のときは、未知の世界に対する奥ゆかしさと不安が感じられたけれど、すでに自転車に魂を売って8年にもなるらしいのだ。
もう、ちょっとしたトラブルにも驚かない。平坦な道なら1日50キロだってヘッチャラ。お尻の皮もずいぶん厚くなったらしい。

だからといって、自分の力を過信しないのが、礼先生のえらいところである。本著でも、年寄りの冷や水的なガンバリとは無縁なところがすばらしい。

緻密なツーリング計画を立てて意気軒昂に出発したものの、諸般の事情で頓挫、計画変更も多々。自転車を解体して電車を利用するなど、いずれも無理をしない。そういう場合でも「『匹夫の勇』などくそ食らえ」とばかり、淡々とされている。

かと思えば、自転車のヘルメットの考察で、ようは発泡スチロールの塊である被り物が、あれほどまでに高額なのはなぜかと嘆く。
穴が空いている数が多いほど高いのはどういうことか。より涼しくなるために、より多く金を払うシステムになっているらしいが、涼しくあるのがそんなにありがたいのか、と毒づく
(ヘルメットの穴は、風通しをよくするためのものらしい)

もうわたくしなどは、ムフムフと笑いがとまらない。

ブラックな語り口を敬愛する読者のひとりとして、先生のますますのご健勝を祈ってやまないのである。

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『正座と日本人』丁 宗鐵著(講談社刊)

打ち合わせで外出。
むずかしい内容のお仕事。けれど……やりがいがありそう。さて、私でお役に立てるものか。いくつかの案件が来春の4月に重なる。大丈夫だろうか。

ようやく『正座と日本人』丁 宗鐵著(講談社刊)を読了した。
医学博士で大の歴史好きという著者が、正座の成り立ちや日本文化として定着するまでの謎をひもとき、漢方医学の見地から正座の功罪を追求する。




正座といえば、茶道や華道、書道、武道などのたしなみ事が挙げられるけれど、たとえば茶道において正座が一般化したのは、女子の作法教育に取り入れられた明治時代に一致するとも言及。
あの千利休も、その昔は立て膝でお茶を点てていたのだろうと、古今東西の資料を駆使して推察する。

(ただし本著は図版が少ないように思う。私などは、著者が本論の典拠としている江戸時代のあらゆる著名人たちの肖像画の実際が見たい)

「正座は膝に多大な負担をかける」ことばかり強調される昨今である。
著者によると長時間の正座は、たしかに通説を否定はできないけれど、そのいっぽうで、正座は脳血流を改善して認知症を防止したり、また習慣的に正座をおこなうことで「太ってはいけない」という自覚をうながすので、メタボリック症候群にもなりにくいという。

「エクササイズ」のひとつとして、足がしびれない程度に日に数十分おこなったり、お風呂の中で浮力の助けをかりながら正座をするなどは、健康面からもよいらしい。

「お茶の先生は、高齢になっても惚けない」とひそかに思っていたが、やはりそうだったのか。と、パソコンの椅子にも正座をしながら物を書く私である。
ただし正座中毒は、確実に膝を悪くするそうだ。おいおい。


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『裏千家茶の湯』鈴木宗保・宗幹著

一衣舎の木村さんから電話。無事、京都展が終わったご報告をいただく。とても盛会であったらしい。「植田さんのお知り合いの方が、たくさん来てくださった」と。
きっとこのブログをお読みのどなたかも、足をお運びいただいたのだろうと推察している。厚く御礼申し上げます。


今週は、とある京都の方からのお仕事で動き回っている。
きもの関係者が「来年、東京で個展をしたい」とのこと。どういう場所で、どんな個展をおこないたいのか、商品や広報活動をどうするかなど……。

私は、東京のいろいろな仕込みを担当。というような多様な依頼や相談が持ち込まれる。
こういう仕事では、日常的にいろんなギャラリー巡り(陶芸展やきものの展示会など)をしてきた蓄積が自然に生かされる。ありがたいことです。
すっかり肌寒くなってきたが、東京の街路樹の紅葉は今ひとつ。京都はどうなのだろうか……。


ところで、そんななか、ぶらりと立ち寄った古書店で、主婦友(しゅふとも)=主婦の友社の茶道本の名著『新独習シリーズ 裏千家茶の湯』鈴木宗保・宗幹著を見つけた。700円という魅力的なお値段。購入するほかあるまい。



この本は淡交社の東京編集部の本棚にもあった。
1冊で、あらゆる分野を網羅しているため、これほど中身の濃い本は他にないだろう。何か調べたいとき、手始めに開いていたのが本書である。

「割稽古」「点前手続き」をはじめ、応用編の章では「諸道具の種類と扱い方」「水屋について」「諸道具の手入れとしまい方」「茶の湯の歴史」、茶事編では「正午の茶事」「大寄せ茶会」についてなど、ていねいに
要点を押さえて解説。
カラー頁はまったくないけれど、物事を説明する正確なイラストが、欲しいところにきちんとあって見やすい。


たとえば炉の季節は、点前座での座る位置を注意されたりすることがあると思う。このようなイラストがあればわかりやすい。「客付」「居前付」「勝手付」が矢印で示してあるのもうれしい。


さすが鈴木宗保・宗幹先生がご指導の著書という詳しさである。
今は亡き鈴木宗保先生は、戦後、鵬雲斎大宗匠のもと、東京で強力に裏千家を援護射撃され続けた名物の業躰先生であった。
現在、東京の高名な先生方は、宗保先生に指導を受けた最後の世代かもしれない。孫弟子を数えたら、裾野はもっと広いだろう。宗幹先生は宗保先生のご子息に当たられる。

昔、なじんでいた本を手に入れた。気持ちが落ち着く。


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『風興集』

とある知り合いの若い編集者が一念発起をして自宅に茶室をつくり、さる高名な僧を招いて茶事を催した。すごい実行力の人である。

先日、彼女と話をしていたときに、「今でもその茶事のことを思い出すと、顔から火が出そうになる。点前もさんざんだったし、恥ずかしくて恥ずかしくてつらい」という。

「……昔宇治の上林竹庵が、利休および、二、三の門人衆をお茶にお招きしたことがありました。居士以下の人々は時間通りにまいり合わされまして席へ通られたのでありますが、竹庵はこれに殊のほか感激いたしまして、いよいよ点前にかかりますと、手が慄(ふる)えて日頃稽古している調子には進行致しません。茶杓を茶入の上に置こうと致しますと、畳の上に落ちるし、また茶筅が倒れる、というような失態が演ぜられたので、竹庵はますます恐縮する心持ちがまざまざと現れております。
 この時、他の門人衆は互いに目引き、袖引き、密かに竹庵の未熟を軽悔しておったのでありましたが、利休居士はこうして点て出された茶を、さも満足げに喫服されて、誠心こめて感謝の意を表せられましたので、事果てて帰途、門人衆は常にこういうことに喧ましい師匠の不思議な態度を尋ねますと、居士は点前が悪いのではなく、われわれが快くまいり合わせたことに心底から感激して、我々をもてなす心持ちに一ぱいになっていた結果であるから、彼の失態は咎(とが)むべきではない、却ってこれは厚く受けるべきものである、といたく門人どもを誡(いまし)められたことがあります。」

これがすなわち茶道の極意です、と裏千家14世淡々斎は著書『風興集(ふうこうしゅう)』に記している。



『風興集』は、裏千家茶道の教本の古典ともいうべき著で、「永く後世に伝えて当流の制規」とすべく淡々斎が書き下ろされたもの。初版は昭和35年だが、昭和11年に物された元の本があって、それに戦後加筆されて今の文章となったそうだ。私が持っているのは昭和49年第13版。
当時、得度の師であった大徳寺管長の円山伝衣(でんね)老師より、無限斎(むげんさい)の号名に合わせて『風興集』の題を授かったのだという。ただの点前解説にとどまらず、淡々斎宗匠の茶の湯に対する真摯な情熱や茶道普及の考え方、つまり家元の「生」の想いが詰まっている本といえるだろう。七事式を学ぶにも風興集は必携の書である。現在も
淡交社より刊行されている。


お茶事にご招待した方たちはきっとわかってくださっていますから、大丈夫。


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『利休にたずねよ』と『お吟さま』

いまさらの感もあるけれど、今春の話題の一書だった『利休にたずねよ』山本兼一著(PHP研究所刊)のお話。

利休を主題にした直木賞小説の先駆けといえば昭和32年受賞の今東光著『お吟さま』(淡交社刊)が挙げられる。約50年を経て、ふたたび利休にスポットを当てた『利休にたずねよ』が直木賞の栄冠に輝いた。

利休という人物像をどのように解釈しているのかを読み比べたくて、古書店で『お吟さま』を探した私。淡交社編集者時代は、会社の書庫にこの本があったけれど、恥ずかしながら一度も手にとったことがなかった。




ところでお茶の世界というものは、僧律のように「色恋」には距離を置いている。
なぜか。明確な理由は私にはわからないけれど、なんとなく茶の湯が禅を依りどころにした結果、おのずとそういう道になったのではないかという気がしている。
恋を吐露するのが「文学」というもので、日本文学の芯には愛の存在が燦然と輝いているわけだが、愛僧を詠った歌切などは、いわゆる生っぽい感じがして、なかなか茶席の床には似合わないものだ。というより、茶席で表現できる愛は、遠くで見守る「慈愛」。そうした「ほのぼの系」だけだろう。

それはそうとして、されど小説の題材ともなれば、そんなオカタイことをいうのはヤボ。
だから上記の2冊が、いずれも茶の湯に、
熱っぽい「恋」を絡めて痴情小説的に展開しているのが、私には興味深かった。直木賞のどまんなかを行く立派な大衆小説である。

『利休にたずねよ』は利休が青年期に巡り会ったとする異国からやってきた女性が核となる話であるし、『お吟さま』は、利休の娘・吟とキリシタン大名である高山右近の初恋を描く。

両書ともぐいぐいと引っ張っていく巧みな筆。
『利休にたずねよ』は、利休切腹の日から過去に遡っていく珍しい趣向で、とくに秀吉のいやらしいおっちゃんぶりが秀逸なのである。それにしても秀吉という人物は、なんと書き手の想像力をかき立てるキャラクターなのだろう。歴史上にこういう毒気のある人がいてくれてよかった。
『お吟さま』は、ほとんど資料のない利休の娘・吟を主役にしたからこそ物語的に自由に羽ばたけた。今から50年前の小説だから、観念が少し変わってきている部分があって、「おいおい」とつっこみどころ満載だから意外にはまってしまった。

2冊を続けて読んだら、どっぷりと「利休の美学」に浸ることができる。物に対する美学、生き方に対する美学、双方ともである。
どこかで『お吟さま』を手に入れて、読み比べてみるのをおすすめします。



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