一より習ひ

「稽古とは一より習い十を知り、
 十よりかえる元のその一」なのだそう。
 和の世界をマイペースで巡る
 植田伊津子の徒然記です。

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灰形教室・湿し灰づくり

淡交社の灰形教室へ。今日は湿し灰の作り方を学ぶ。
講師の小澤宗誠先生から昨年と同じ説明を受けるが、聞いたことをすっかり忘れているので、何度聞いても新鮮である。

さて夏の盛りの1日、汗が噴き出すような日和を見て、茶人は炉の季節に用いる湿し灰づくりをする。私のお稽古場では社中の若手が中心となって取り組んでいる。

どのようにしてつくるかといえば、まず炉灰を水にひたし、浮き上がったアクやゴミをのぞくために数度水を取り替える。きれいになったらそれをゴザなどに広げて乾燥させる。九分がた乾いてきたら、焙じ茶を煮出したものなどをかけて着色し、乾燥と着色を数度繰り返す。
まだ充分に湿り気のある状態で、粗目のふるいにかけて粒をそろえる。ふるったものを乾燥しないように、いくつもの密閉バケツにしまって完成。それらを冬期の炉の季節中、使用するのである。

わたしは、ゴザに広げた炉灰の塊を「早く砕いて」といわれて、なぜそうするのか理由を知らないままおこなっていたのだけれど、今日、小澤先生の説明を聞いてやっと合点した。
「なるほど固まっていると、塊の中が乾きにくいから、灰を早く乾燥させるために細かく砕くのか」。

小澤先生がつくられる湿し灰と、わが社中の湿し灰は様子がかなり異なっているようだ。
たぶん湿し灰はそれぞれの好みが出やすく、個性的な状態になるのだろう。お茶をかける回数によって灰の色の濃さも変わってくるし、そもそも着色するのに焙じ茶を用いず丁字を使う人もいるという。最終的な湿り加減も違う。
小澤先生のほうが、湿り気が多少強い感じだろうか。




「これぐらいの微妙な湿り気と粒にしておけば、灰匙ですくったときに、灰匙に灰がつかない。だからサラリときれいに灰が蒔ける」とも説明される。

炉中に灰を蒔くときに、ドサドサッ、ボタボタッとなってしまう一因は灰のせいだったのか? 私はてっきり自分の未熟な腕のせいばかりと思っていたのだけれど、灰の状態も関係するのだと知る。
先生がそう解説されるということは、結構な数の方たちが、ドサドサさせながら炉に灰を蒔いているらしい。私ひとりではなかったのだ。


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灰形 | - | -

丸灰・2009

淡交社の灰形教室へ。前々回と前回、お休みをしたので、講師の小澤宗誠先生に「久しぶりですね」と声をかけられる。はい、すみません(-_-)。

今日は丸灰(まるばい)という灰形に取り組む。この丸灰は、二文字押切(にもんじおしきり)の次に基本となる定番のかたち。季節を問わない灰形で、五徳を使わずに直接風炉の肩に釜をかける「切掛(きりかけ)風炉」(切合風炉ともいう)や、火窓がつながった眉風炉などに合わせる。昨年の講習はこんな具合でした。

帽子のつばのようなかたちなのだけれど、それにしてもこのところ灰に触ってなかったせいか……今日の灰形は目も当てられない。しばらく怠けるとこんな風にしかつくれない、という見本のようである。最初の灰づもりからしてダメな感じで、気ばかり焦っている。

もたもたしていたら、先生から「ちょっと遅いですよ。もうそのぐらいにして、内側の谷を丸く切りはじめて」と不本意ながら作業を進めていると、あろうことか手許のハンドタオルがバサっと灰の上に落ち、かろうじてきれいにできていた平面さえも乱れてしまう。万事休す。
失意のもと、へこみながら家路に着く。


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灰形 | - | -

今日の出来

このところ、午前中に時間に余裕があるときに、灰形の練習を1時間ほどおこなう。といっても毎日ではない。ボチボチである。

風炉を窓際に持ってきて二文字押切をつくるのだけれど、私の課題は灰形をつくるのに時間がかかることなので、となりに時計を置いて、前をつくるのに20分、後ろをつくるのに10分、底をつくるのに20分、藤灰を蒔くのに5分と、約1時間ほどで完成するのを目安にしている。

前の斜面をつくったときに、「今日の出来」みたいなものが予測できるのだが、今日も冴えない。嗚呼、もう。

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灰形 | - | -

灰の教室

今日の灰形教室は遠山。

灰形にもいろいろあるけれど、私は自然の山の景色を取り込んだ遠山のかたちが好きだ。好きだからといって、まったくうまくはできないのだけれど、「好き」という一点から、なんとなく親しみとやる気が湧いてくるのである。

遠山は代表的な日本の文様でもあって、漆工芸品や陶器、染織品にもよく描かれる。中国の水墨山水画のような写実的表現もあるけれど、親しみ深いのは、日本風に解釈した大和絵風のそれである。
牧歌的なまあるい線で、モコモコと山のかたちを表すのが定番だ。ところで、遠山の意匠は、どの分野の工芸品でも、奥に山を配置し、手前には景物を描く場合が多い。なぜか? だって山は「遠近感」、いうなれば奥行き表現がほしくなるモチーフだからだろう。当然のこと、灰形の遠山も、向こう側(奥)に山を描く。


前部分を仕上げたところ。これから奥に山をこしらえて、底を整える作業をする。

はい。今日も集中して取り組んでおりました。


さてさて、灰形教室に行く前に、美容院に寄って髪をカットしてもらっていたときのエピソードである。

「今日はこれからお出かけですか?」と、若い美容師さん。
「そうなの。習い事をしていて、『灰』の教室に行くの」
「えーっ! 『愛』の教室! なんですか?それ」
「『灰』!『灰』よ。灰形の教室です(涙爆笑)。灰形っていうのはね……うんぬんかんぬん」

確かに講師の小澤宗誠先生は、愛にあふれた指導である。「『愛』の教室」であっても偽りはなかろう。


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灰形 | - | -

灰形復習

 雪がちらついた一日。皆さんも体の芯から冷えたのではないだろうか。

今日は、午後の数時間、灰形の二文字押切の練習をおこなう。繰り返すこと数度。息子の夜のお弁当をつくって、また風炉の前に陣取る。

昨日、
灰形教室の方と帰り道に一緒になった駅のホームでのこと。
「ご自宅はどちら方面なのですか?」
と尋ねたら、
「少し遠いんです。ですから灰形教室のたびに上京して、講座のあった日はホテルに宿泊しています」
「まあ、それはたいへんですね」
「(笑)。ええ、じつは新潟の佐渡が島から船と新幹線を乗り継いで通っています」
「! えー(あまりの大きな声に自分でも驚いた)」
「どうしても灰形が勉強したくって……(にっこり)」

彼女はおそらく私よりかなり若い。こういう熱心な方がいるのだ。今日、無事に自宅へ帰れたのだろうか。
私も、のほほんとしている場合じゃない。




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灰形 | - | -

おとなの習い事

今週は晴れ晴れとした天気に恵まれず、いまひとつ憂鬱な空模様のなか、淡交社の灰形教室へ。
今日より二文字押切である。内容は昨年のブログ記事を参照。

先年と同じカリキュラムなので、講師の小澤宗誠先生が何を説明されているか、受講2年目のアドバンテージがあるため理解が早い。
といっても、灰形がうまくなっているわけでないので恥ずかしい。

さて、おとなの習い事が面白いのは、どんなことでも上達が遅く、プライドをくじくところにあるのではないかと思っている。

会社に長く勤めると、それなりのポジションになったり部下を持ったりする。
家庭に入り子どもができれば、中身はさほど変わらなくても、親の役割として上からの物言いになる。
人間、そうなれば勘違いをして、自分がさもえらくなったような気になり、人に指摘や否定をされると耳をふさぎがちになる。「自分は間違っていない」という自信が備わってしまったからだ。

でも何かを人に習うと、年上であろうがなかろうが、教える側はこちらが間違っていたり、できないから注意をする。
また何も言われなくても、現実どういいつくろってもダメなものはダメなのだから、ダメな自分を認めるしかない事実に直面して悲しくなるのだ。

自尊心はボキボキに折れ、その習い事をやめたくさえなる。
でも、こうして指摘してくれるところは、もうその場所以外、周りにない。

習い事でいろんな方から注意を受けると、落ち込んで後悔ばかりしているのだけれど、それは「私はちっともえらくなーい」と自覚するのに充分なカンフル剤なのである。

私自身、くじけて何度も転ばないと、足許にけなげに咲く草花も見過ごしてしまうタイプだ。
花は日常の中で、こんなにも、あんなにも、変わりなく咲いている。それを見過ごさずに生きていけたらすばらしいではないか。




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灰形 | - | -

淡交社灰形教室、夜間クラス第1回目

昨日は鎌倉から急いで東京へ帰り、淡交社の灰形教室、新規開講の夜間クラス第1回目に駆け込む。
今日から2年目の受講となった(夜間クラスについてはこちらの記事も参照)。

教室に入ると、昼間のクラスとはちがって平均年齢が5歳以上は確実に若そう。
そして、想像を越えたたくさんの方たちである。同年代とおぼしき人たちが何人もいる。

はじめに淡交社の文化事業部の方が挨拶をされた。

「これまで寄せられてきた多くのお客さまたちのご要望に応えて、今年から灰形教室の夜間クラスを開講することにしました。ここにいらっしゃる皆さんのほとんどが、お仕事をされている方だと思いますけれど、お仕事を終えてなお灰形を学びたいと思ってここに来られるわけですから、おそらく一番熱心な生徒さんではなかろうかと思います」

私も強くそう思う。

仕事をしていたら、行けないときもあるだろうが「学びたい」という初心が、きっとくじけそうなときの支えとなってくれるはず。私もがんばります。

昨年同様に講座の第一回目は火入の灰形を学ぶ。
先生は、やさしくてダジャレ好きな
小澤宗誠先生である。お変わりなくダンティな姿であった。

終了したのは20時過ぎ。生徒たち皆が、急いで家路につく。


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灰形 | - | -

新しくできる灰形夜間クラス

淡交社の灰形教室に行く。しばらくぶりに電車に乗ったら、マスクを着用している人をちらほら見かけた。
もちろんのこと、私もマスクをしている。ゴホゴホが続いているのであった。

今日は二ツ山(ふたつやま)という灰形を学ぶ。山をひとつつくる遠山の変形で、山をふたつつくるのが「二ツ山」である。
作業中に、隣の方から「あなた、集中していると咳が出ないわね」といわれる。そういえばそうである。まったくゴホンともしない。

ところが、講師の
小澤宗誠先生が何かを説明されるときに咳が続けさまに出るのである。
「ここの前後の山の厚みを薄く仕上げるのです」
「ゴホゴホ」
「山の稜線近くの仕上げは、このように処理します」
「ゴホゴホ」
「……大丈夫?なの」
「ゴホゴホ。……平気です」

生徒の皆が静聴しているときに限って、咳が出るのだ。日頃、ボケーッとしている小学生のわが息子に「なんであなたは集中力がないの?」と説教するときがあるけれど、「この親にしてこの子あり」。集中力を高める薬があれば、親子で服用したい。

さて、平成21年度の淡交カルチャー教室の案内冊子が配られ、来年、東京で新規開講する講座の説明が講義の冒頭にあった。
「おっ」と驚いたのは、灰形教室に夜間クラスができると聞いたからである。

私はサラリーマン生活だった頃、夜間の灰形教室がないかと、朝日カルチャーやNHKカルチャー、青山グリーンアカデミーなど、さまざま探してみたことがあったけれど、ひとつもなかった。
「会社勤めをしながら灰形を学べるところが、
日本の首都・東京でもひとつもないのか」と落胆し、「会社を辞めてから灰形を学ぶしかないな」と悟ったものである。

地方にくらべると、東京は働きながら茶道をたしなんでいる人の率がかなり多いと思う。
「奥さま」の立場でお茶を続けていける幸せな人もいる一方で、かなりのワーキングウーマンが、自分でお金を稼いで茶道を習っている現実がある。
会社勤めの人たちがより深く茶道に関わりたい、たとえば灰形を勉強したいと思ったときに、昼間クラスしかなく、夜間クラスも土日クラスも開講されておらず、学べる場がどこにもないのは如何ともしがたいものがあった。

茶道関連の出版物を刊行したり、茶道具販売を手がける淡交社の文化事業部部門が、灰形の夜間クラスを開講するのは英断である。それも、月会費が昼間クラスより安いのだ(昼間クラスは1万500円。夜間クラスは8400円。ともに月に2回受講)。

お茶を続けていったとき、灰形にまったく関わらないまま学び続けていくこともできるけれど、私は実際に自分の手で灰形をつくるようになったら、世界がグンと広がった。不器用さもあって、よいオトナが恥ずかしい思いをしているけれど、それでもチャレンジしてよかったと自信を持っていえる。
それに灰形を学ぶなら、できるだけ早いほうがいい。歳をとればとるほど、繊細な作業に目がついていけなくなるように思われる。
会社勤めをしていたあの頃に、このクラスがあったなら、きっとどんなに忙しくても受講していただろうに。

そのクラスは、来年の2月12日からはじまるようだ。もし興味のある方は、淡交社文化事業部カルチャー教室係まで(電話  03-5379-3227)。




近所の寺町通りにある大きな銀杏がみごとに紅葉していた。木の下にいる細っぽの子どもが、わが息子である。
「おかあさん、すごいきれいだね」と2人でうつくしい落ち葉を拾って帰ってきた。



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灰形 | - | -

逆勝手遠山

灰形教室の日。逆勝手(ぎゃくがって)の遠山(とおやま)というかたちを学ぶ。

点前をおこなう右側に客が座る席構えを「本勝手(ほんがって)」といって、一般的にはこちらが通常のこしらえであるが、点前をおこなう左側に客が座る場合があって、こちらを「逆勝手」という。
一般的な茶室に逆勝手の席構えはほとんど見られないけれど、めずらしいことに、わが師の小間席が逆勝手の席なので、私にとっては馴染みだといえる。ゆえに、逆勝手の灰形もなおざりにはできない。

逆勝手の遠山のスタイルは、本勝手の遠山のかたちが左右対称になるだけのこと。本勝手は正面の右側に山をこしらえるけれど、逆勝手は左側に山を置く。




本勝手の遠山を学んだのは4月で、あれから半年ほど経った。遅々たる歩みだが、講師の小澤宗誠先生から「前がわらの位置、角度、山の大きさなどもまあまあよろしい。この調子ですよ。ていねいにできています」と評された。
多少は練習が実を結んでいるのだろうか。自分ではわからない。けっして無駄ではない助走をしているのだと思いたい。


淡交社東京支社からの帰り道に、久しぶりに神楽坂に出て、古きもの販売の「甚右衛門」と、洗えるきもの専門店「きもの英」をのぞく。古着のきものは、自明のことだけれど私は身長が160cm以上なので、裄などの寸法がどれも合わない。

それにしても寒くなってきた。風邪を引きそうである。


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灰形 | - | -

丸灰掻上(2)

淡交社の灰形教室へ。本来は金曜日が受講なのだけれど、このところずっと予定が入っていて、振り替えてばかりである。今日は午前の授業へうかがう。

前回同様、丸灰掻上(まるばいかきあげ)を教えていただいた。

この前、自分のあまりの下手さ加減にあきれ、反省をして家で練習をした。
いやはや、なんでこんなことをはじめたのか……と思うほど、正直へコまずにはいられない。
すでに2月からはじめて8ヶ月も経つのだ。
歳とともに、何事も
総じて「伸び代」が小さくなっているような気がする。少し練習すればできただろうことが、幾度繰り返してもできない。

でも、根気と気骨だけはあるのだ。というより、それほかない私である。絶対にめげない。


さて、この灰形の土台となる丸灰は、帽子のつばのようなかたちである。風炉側の外円より五徳のツメをめぐる内円をやや高めに設定し、一定の斜度をつけて整える。ポイントは内円も外円も、高さがぶれないこと。そして360度同じ斜度であることが重要だ。



本来、丸灰掻上は、鉄製の風炉で前土器は赤が約束である。教室ではいつもの練習用風炉を使用した。
土台の丸灰は山を丸く粗めに切ったところで、また時間切れとなった。


私のクセらしいのだけれど、上写真の↓の場所の斜度を一定につくることができない。家でやってみてもそうだったが、かすかに向こうヅメの真後ろあたりがこんもりと丸みを帯びるのである。
どうも匙の用い方に原因があるらしい。向こうヅメの後ろは、一度ならず数度にわけて匙を引くのだけれど、そのときに灰匙がゆがんでいるらしい。
どうしたらまっすぐ斜めに匙を引けるのだろう。手が短いのか? 灰匙を持つ指が太いのか? いまだ問題解決の糸口が見えない。

それにしても、今日はかなりマニアックな内容のような気がする。すみません。



筋を入れている途中段階。これから内側にも筋を書くところ。





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