一より習ひ

「稽古とは一より習い十を知り、
 十よりかえる元のその一」なのだそう。
 和の世界をマイペースで巡る
 植田伊津子の徒然記です。

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お客さまと話すということ

さて、この頃の私は、小売りの現場でお客さまのお話をうかがう機会が多い。編集畑を歩んできたわたくしには、未知のお仕事なので要領がわからないことが多かった。

どんな商品をおすすめすればよいのか、昨年の私などはずいぶんと空回りしていたと思う。私は知らず知らずのうちにヒートアップしておしゃべりしすぎるのである。

あるとき、お客さまから信頼を受けている販売の方のお仕事ぶりを傍目で見ていたら、その人はおしゃべりではなかった。「聞き上手」なのである。

ほどよいところで相づちを打ち、「……えっとそれはですね。ここに確かご希望のものがあったと思うのですが……」といいながら棚の奥をくずして探し回ったりして、等身大の姿で、ていねいにお客さまと対していた。

さて、昨日の展示会場でのこと。
あるきもの学院で着付けの先生をされているという70代ぐらいの方とお目にかかった。すっとしたきもの姿を見ても着慣れている雰囲気。

お召しになっていたコートが変わった浮織りだったので、
「素敵なコートですね」
と声をかけたら、それは古い着尺を仕立て替えてつくったもので、中のきものももう30年も着ている年代物だけれどお気に入りで合わせやすいのだ、とお話をはじめられた。

「せっかくなので、コートを脱いで、中の帯も拝見させてもらえませんか?」
と重ねて尋ねると、恥ずかしそうに脱がれてから
「これは母のお古の帯なんです」
といって、90歳を越えたご母堂の思い出を語りはじめた。

私は「まあ、よく見せてくださいませ。これは焼き箔の帯で、鴛鴦の文様や青海波などが切り嵌め風に表してありますね。そんなに昔のものじゃないみたい。お客さまの今日の姿にお似合いですよ」と合いの手を入れる。

そこからしばらくずっと、その方のお母様のきものの思い出を聞いていた。
そのとき私は何を考えていたかというと、「お客さまは、きものにまつわるいろんな想いを、誰かに聞いてもらいたいのだな」と。

編集という仕事では、本を買ってくださる人を思い浮かべつつも、原稿執筆や編集作業の現場では、そのときに読者の「生の声」を聞くことができない。

本が出版されてからも、熱心に葉書で感想を下さる方は稀でもあり、それも「誤字があります」などのクレームの葉書をもらうと、正直なところ心が折れる。

姿の見えない数千〜数万人に向かって、日々「自分のつくっている本は、読者の心に届くのだろうか」と迷っている。経験を重ねた今も、けして不安が消えることはない。
本の読者とは、どんな感想を持たれても、そうじて声を出されないお客さまが主なのだ。

ところがきもののお仕事は、その場でお客さまの声を聞くことができる。好き嫌いという好みから、きものにまつわる思い出、着こなしやコーディネートの悩み……。

昨年来、そういうお客さまの実像に触れる機会が増えるに連れて、本の読者もきっと「きっと本の内容について、多様な意見をお持ちに違いない。でも黙っているのだ」と思うようになった。

黙っているのをないがしろにして、読者の気持ちに心が至らなければ、「知りたいことが書かれていない」「なんていいかげんな本を出すんだ」など、その出版物、ひいては版元(出版社)の信用さえ揺らぎかねない。言い換えれば、無言の読者はもっとも厳しいお客さまである。

編集のお仕事では、こちら側からなるべくお客さまのいる現場に出かけて、生の声を聞く努力を積極的にしないと、真実の興味をすくい上げるのはむずかしい。
けれど、編集者とは、人がうらやむようなけっしてはなやかな職業ではない。ボロ雑巾のようになって、深夜まで会社に残り、ノルマを課せられて本をつくっているのである。

昨日の70代の着付けの先生は、結局30万円近くする着尺をつぶして、道中着をつくられることになった。
お話をうかがっていたら、自然に「じゃあ、この先何年着られるかわからないけれど、フォーマルの外着をつくりたかったから、これでつくってみようかしら」と購入してくださった。
私もとてもうれしい。

お話に耳を傾けていたら、その方が欲しい方向性の「細い道」がスッと見えてくる。これがきもののお仕事の醍醐味である。
きものを売る現場でお客さまと対していたら「対話」から生まれる企画や、どんなものが欲しいのかという具体的なもの、市場のお金の感覚がよくわかる。

本づくりでも、きもののお仕事でも、皆さんのひとつひとつの声に真摯に耳を傾けてみる。かんたんなことがむずかしい。


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お便り

メールでのやりとりが日常になってから、この便利さを存分に享受している私だけれど、実際にお手紙をいただくのはやはりうれしい。

今日は、最近いただいたプライベートの手紙を2つばかり。



写真の葉書は、京都の誂え足袋の植田貞之助商店さんから。
かつて当ブログに植田さんのところで足袋を誂えたことを書いた(2月13日参照)。その後の話からはじめよう。

3月、植田さんから送られてきた足袋を何度か水に潜らせて、実際に試し履きをしてみた。
かつて、むさしやでつくった足袋を試し履きしたときは、できあがりを店先で履いてすぐ全10足を仕上げてもらった。
自分がOKを出したのだから如何ともしがたいけれど、数度となく洗濯を繰り返すと、足袋のかたちが微妙にかわってくるのに気がついた。木綿製なので縮むのである。

洗った直後は天地が1cmほど詰まるので、伸ばし加減にして引っ張って干す。また足の人差し指が長い私は、そこに余裕を持たせたかたちにしてもらっていたのだが、遊びが少し多かった。つまり人差し指部分が少々余る。

もちろん一般商品にくらべるとオーダーなので、圧倒的に自分の足のかたちには合っているけれど、それでも試し履きは何度か水に潜らせないとわからないものだな、と悟った。
そこで前回の轍を踏まないように、植田さんで誂えた足袋は何度か水に潜らせてから、ご返事をしたのである。

ちょうど関西に出かける用事があったときに、植田さんのところへ寄った。
私は、植田さんがつくってくれた試し履きの足袋、今履いているむさしや製の足袋、履き込んで継ぎをしたもの、むさしやの足袋でまだ下ろしていない新品のすべてを持参して、「植田さんでつくっていただいたものは、ここが少しきついと思う」「いつも左足親指と底からほころびはじめるが、どうしてなのだろうか」と相談に乗ってもらった。
植田さんは、とても親切かつ丁寧に、ゆっくりと時間をとって採寸もし直し、再び試し履きの足袋を送ってくれることを約束した。

しばらくして、また試し履きの足袋が自宅へ送られきた。洗濯を繰り返して、具合を確かめてみる。今度は申し分がない。植田さんが根気よく付き合ってくださった賜物だ。
足袋に足を合わせるのではない。「私の足に合った足袋」がようやく完成したのである。これこそ誂えの醍醐味。

私は葉書をお送りした。「今度はよく合いました。ありがとうございます。これで残りの足袋を仕上げてください」。

そうして送られてきたのが、この葉書である。

「紫陽花が美しい季節になりました。本日御返事を頂戴致しました。今回は良かったようでございますから、この型にて調整いたします。何卒今後共宜しくお引立ての程、お願い申し上げます。御返事御礼迄」

ひとつひとつにきっちりとレスポンスするのは、簡単なようでいてむずかしい。
信頼は一朝一夕には築かれない。作り手と使い手がやりとりをすることによって、商品はいっそうの磨かれるのだろう。
植田さん、ありがとうございます。


もうひとつ。中野沼袋のシルクラブの西村花子さんから、かわいらしい木の葉の葉書が昨日届いた。文面に庭の蓮が咲いたとあり、切手も蓮の花。印象的なお便りに、フッと笑みが浮かぶ。
花子さんも、企画展などのご案内に一筆書き添えて送ってくれる人である。書かれている文面は何気ないことだけれど、やさしい一筆が心を和ませる。

メールのやりとりでは、こういう気持ちは湧き上がりにくい。久しぶりに懐かしいあの人に手紙を書こうか。




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利休と名のつく料理

晩ごしらえの食材を物色しているとき、焼き豆腐が目に留まった。
冬はとくに豆腐の出番が多いが、木綿か絹豆腐を買うのが常で、焼き豆腐はほとんど使わない。久しぶりによかろうと思って、家路に着いた。

さて、焼き豆腐といえば、すき焼きぐらいしか思いつかない。すき焼き以外に何かと思い、豆腐ならば、江戸料理の専門家、なべ家の福田浩さんの『豆腐百珍』(新潮社のとんぼの本)を当たってみるしかない、と本棚をあれこれ探すが肝心の著書が出てこない。代わりに見つかったのが、『料理いろは庖丁』(柴田書店)だ。

これらの著者の福田さんとは、私が20代の頃に一度連載をお願いして以来、細く長くお付き合いをさせていただいている。東京の大塚で、珍しい江戸料理のお店を営まれているが、もともと早稲田出身の学者肌でもあり、江戸時代の料理本の現代語訳などに取り込んでこられた。見識の高い料理人のひとりとして有名な方である。
まったく右も左もわからない頃、連載の料理(江戸時代の酒肴の再現というテーマの企画)の撮影に毎月うかがうのが、とても楽しみだった。撮影後の試食もさることながら、ご主人の、はにかみを備えた江戸っ子気質に惹かれたからである。新米編集者の段取りの悪さを、いつも笑い飛ばしてくれていた。
その後、奥さまの敏子さんとも懇意になった。敏子さんは、ご主人と違って、ひまわりのようなウォーミングな女性である。口も達者だが、面倒見もかなりよい。茶の湯にも造詣が深く、流派の茶道とはまた違った親しみやすいお茶とは何かについて、教えられることが多い。不思議な組み合わせの夫婦である。

さて、『料理いろは庖丁』の豆腐の項目に焼き豆腐がないか調べていると、ふと「利休卵」という名の料理があった。白ごまを煎って、当たり鉢でよくあたり、卵を加えて蒸す、とある。ごまの濃厚な風味を卵がしっとりとまとめた風雅な味わいという。


昔、福田さんに「江戸時代の料理本の中には、『利休』と名のつく料理がある」と教えてもらったことを思い出した。
読み進めていくと、料理名の「利休」は、やはり茶人であるあの千利休らしいが、本人とは関係がなく、後世の人の命名によるとのこと。「利久」と当てることも多いそうだ。

続けてこうある。
 利休飯や利休ぜんざいのように、ごまに関係ないものもあるが、利休と付く名の料理の多くはごまを用いたものである。『大根一式料理秘密箱』の「利休あえ」は和え衣に白味噌とごまを用い、『鯛百珍料理秘密箱』の「利休かまぼこ」は、上に黒ごまをふりかけて焼いたかまぼこである。

 ごまと利休の関係を『利休大事典』(淡交社)の「利休の料理」項目で、再度調べてみる。けれどもしかし、調味料としてのごまが見あたらない。唯一、ごまを発見できたのが、「油物(あぶらもの)」(この料理自体も、『利休百会記』に出てくる2度しかない)に使用した胡麻油だった。なんだか狐につままれたような展開である。
安土桃山から江戸初期にかけては、調味料としてごまは使用されていなかったのか。

いやはや、ところで焼き豆腐は何にすればよいのか。


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