一より習ひ

「稽古とは一より習い十を知り、
 十よりかえる元のその一」なのだそう。
 和の世界をマイペースで巡る
 植田伊津子の徒然記です。

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炉最後の稽古日

 うーむ。放置プレイにもほどがある、というぐらいブログに眼を向けないまま、日々が過ぎて行った。

たまには更新しないと、重病死亡説が流れたり、「なんかヤバイ事をしでかしたらしいわよ
(?)」と、あらぬ誤解を生んでいる(笑)。わたくしはぴんぴんしております。手が後ろに回るようなこともしでかしておりません。


あいかわらず、土曜日はお茶のお稽古へ。
天気もよいからと、久しぶりに矢代仁の御召を着たら、シャッキリとした裾さばきで、この生地の持ち味を再確認する。御召は着やすい。

ただ、袷のきものを着るには暑すぎた。東京の最高気温は24度だったという。

今日のお稽古場は大にぎわいであった。
姉弟子さんが連れていらしたミャンマー?からのお知り合いが、きものを着用体験されたのち、点前の様子を見学されていたり、新人さんや、小さなお嬢さん同伴の方がお出でになったり……。


東大寺別当、平岡定海(じょうかい)さんの「華」。学僧として著名。昨年11月に88歳でお亡くなりになった。現代美術のようなおもしろい書跡だ。

どこの炉にも人がいっぱいだったが、わたくしは台子が据えてあるところで、台子の貴人清次の薄茶を見てもらう。

これの難易度は「ちょっと難しいでしょう」というレベルの点前である。
台子には、多少やっかいな扱いがあって、点前の手数が多くなるからだ。

「最初は、どうなるんだったっけ」と、記憶の小箱の中からこれの情報を取りだして、早送りするように頭の中で追いながら、体は点前の準備をしていたところ、「こういうときは何かポカをしそうだなー」と思っていたら、案の定、次茶碗(お供の方)の茶巾を千鳥茶巾にするのを忘れていた。
「ハハハ……(汗)」と頭を掻いてごまかそうとしても、もう遅い。
点前全体は「並」で終わった。

「よいとは言えないけれど、悪いわけでもない。はっきり悪ければ、注意のしがいもあるけれど、微妙よねー」……つまるところ、我が息子の学期末試験のような出来とも言える。このところ停滞中。


牡丹、芍薬、どっち? わたくしはいつも見分けがつきませぬ……。


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最近のお仕事

またもや日にちがあいてしまった。なんだかこのところずっと慌ただしいのである。



今出ている『和樂』11月号のきものの特集「晴れの日、きもの 大人の流儀」第二章の「プロたちの特別な日、私の場合」で、鈴乃屋名誉会長の小泉清子さんをはじめ、遠州流の浅井宗兆(宗実御家元の弟君)夫人である浅井秀子さんや、deTiTiのデザイナー八巻多鶴子さんに、それぞれのシチュエーションによる晴れのきものをご披露いただいた頁。ここの編集を担当させてもらった。
番外編として、唐長当代夫人・千田郁子さんによる「しのぶ日のきもの」頁もある。
これらの取材撮影をおこなったのは、まだ夏の盛りでした(今年は暑かった!)。



きもの業界の大御所、
90歳を越える小泉さんにお出ましいただくのは「このドン引きするような暑さのなか、無理を言って……大丈夫だろうか」と、OKを頂戴するまで、本当にやきもきしたものだ。



小泉さんの晴れの色留袖は、プロの心意気を感じるそれは立派なものだったし(「さすが」と思わずうなってしまう一枚で、一見の価値アリです)、浅井さんの茶席のきものもしっとりとした雰囲気で、遠州流の美意識に通じるような清澄な印象。

deTiTiの八巻さんとは、何年かぶりの一緒のお仕事。ちょうど取材時が新アトリエのオープンとも重なって、ご多忙のときの撮影であった。変わらずお美しくて、八巻さんには自前のパーティのきものを紹介いただいたのだが、これもおもしろかった。
発売後、「八巻さんのパーティのきものに惹かれた」と若手数人から電話がかかってきたりしたものだ。

喪のきものをご紹介いただいた千田さん。常識的な喪の装いとはまったく違うアプローチで、「着る方の生き方や立場によって、喪のきものも一様ではないのだな」と、わたくしにとって印象的な取材になった。
絶賛発売中ですので、よかったらぜひお求めくださいませ。


『婦人画報』12月号。ここでも、きものの企画頁を手がけさせてもらった。こちらは、来週火曜の11月1日発売で「ゆく年くる年のきもの術」というテーマである。
まだ発売されていないから詳細を述べるのは控えるけれど、忘年会や歳暮の挨拶、新年、初釜など、きものを着るチャンスが多い年末年始の2週間ほどの間、きものの達人たちはどのような視点できものを選び、どんな小物使いをしているかなど、楽しい頁となっている。
こちらもどうぞお見逃しなく。


地味な本ではあるが、宮帯出版社刊の「茶湯手帳」2012年度版。今月ぐらいから書店や茶道具店に並んでいる。これも今夏ずっと首っ引きで改訂に取り組んでいた。



こちらは茶人に長く愛されているロングセラーの茶道美術手帳で、各流派のデータや年表、茶人や職方系譜など、辞書代わりに使える優れもの。
この改訂編集作業を手がけたことで、わたくし自身、あらためて茶道史を勉強をする機会が得られた。実り多き仕事である。声をかけてもらってありがたかったです。


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さて、今日はもうひとつお知らせを。
和樂きもの特集に関連して、着こなし文化講座が開催されるそうです。空きがもう少しだけあるようなので、御興味のある方は急いでお申し込みを。

森田さんのすっきりとした着付けを学ぶ絶好の機会。
秋のお出かけは、ぜひきもので!



「和樂一日きもの塾」
日時 11月26日(土)13時〜16時(12時30分開場)
場所 日本橋室町YUITO
http://www.yuito-nihonbashi.com/index.html

1)きもの研究家・森田空美の着つけポイント
  裾はどれだけの長さにする? 襟はどの程度あける?
  
具体的にすっきりとした着姿を説明
2)キッカ・吉川康雄氏による晴れの日メイク
  プロに教わるメイクのポイント。素肌感を生かした
  『晴れの日』のメイク講座
3)西陣・河合美術織物、河合大介氏の「唐織の格調と美」
  正倉院御物から影響を受けた
  唐織の文様について平易に解説
4)森田空美の着こなしコーディネート術
  今もっともオススメの取り合わせとは?
  その極意について
  
会費 1万円 お土産付き(5200円相当のキッカの口紅)
……ということは、4講座を受けて約5000円!

申し込み 〒101-8001東京都千代田区一ツ橋2-3-1
     小学館和樂編集部
     和樂一日きもの塾係
     FAX03-3549-0108
     メール entry@warakujuku.jp
     フリーダイヤル 0120-22-4477
    (平日11時〜17時)
     
こちら参照。

※100名募集。定員になり次第〆切。

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秋到来

先週9日(金)は仕事に手間取って、帰宅したら終電の一本前だった。けれど入稿がひとつ済み、心は晴れ晴れとした気分。
編集の仕事は、とりあえず印刷所へ入稿するとホッとする。ホッとしたのもつかの間、また違う仕事が追いかけてきたとしても、その一瞬だけはなにものにも代え難い解放感がある。

そして10日(土)。ようやくお茶のお稽古の夏休みが終わり、稽古再開。
前日の帰りが遅かったけれど、朝起きてすぐ、数寄屋袋の中を点検したりする。
そのイソイソとした感じは、夫から見るとおかしいと見えて、「なんだかすごくうれしそうだね」と言われる。
そりゃそうです(笑)。お茶あってのわたくしですから。

稽古場では、仲間の方々との久しぶりの再会を喜んだのち、茶箱の雪点前を2度おこなった。いつも夏休み明けは点前が覚束ないが、それでも2度もやれば、だいたいできる、ぐらいにはなる。面白いもので、それ以上できるようにもならない。
茶箱の点前はいつもそれくらいでシーズンが終わる。

わがお稽古場は次回からは通常の風炉点前になり、わたくしは今秋おこなう茶事の準備がはじまる。亭主をおこなうのは逆勝手の席なので、炭手前から濃茶、薄茶など、これら逆勝手の点前をおさらいしなくてはいけない。

11日(日)、故郷から20世紀梨が届いた。うつくしいグリーン色の梨である。瑞々しい果汁が口の中に広がる。
ああ、秋の味覚。山陰の自然を思い出す味だ。お父さん、いつもありがとう。



梨がたくさん届いたので、お隣の西川さんや、ご近所に住む姉弟子や妹弟子さんたち、そしてお茶の師匠のお宅を巡回して、皆さんにお裾分けをしたら、どなたもたいへん喜んでくださった。笑顔を見るとこちらもうれしくなる。

さあ、今週もいろいろ励みたいと思います。




寺町の近くに住んでいるわたくしの散歩コースで、とあるお寺がこんな掲示板を掲げているのを見つけた。
まさしくその通り(笑)。

「生きるって、つらく苦しくきびしい。でもすばらしい」
そしてあくせく生きる人間は、私たちを取り巻く物言わぬ美しい自然に心を癒される。

『月知明月秋 花知一様春』
   月は明月の秋を知り、花は一様の春を知る
(月は無心に運行し、花も無心に咲いている。しかも時をたがえず、月は毎年秋になると名月を楽しませてくれ、花も春になれば決まって百花繚乱に咲き乱れる。)淡交社刊『茶席の禅語大辞典』より

今日は、中秋の名月。



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花月の勉強会

さてさて、花月の勉強会である。

この勉強会は、四谷青年部に所属するK社中のメンバーが中心となっていて、毎年「植田さんもどうですか?」と声をかけてくれるもの。ありがたいことである。
わたしは、今春に諸般の事情で青年部を移動をしたので、四谷のときの仲間とは久しぶりに会えたのも、楽しいひとときだった。

予定していた種目は、花月の基本である「平花月(ひらかげつ)」、付物(つきもの)花月の中から「軸荘付(じくかざりつき)花月」「濃茶付花月」、「花寄せ」「雪月花」の七事式であった。

できる範囲で、事前に淡交社の昔の茶道教科で、これらの式の手順を勉強していった。けれど、むなしいかな。花月は本を読んで理解できるものではなく、やはり日常的に訓練していないと身体が動かない。

平花月さえも忘却している部分があって……心底へこんでしまった。

どれもがひどい出来だったけれど、そのひとつが軸荘付花月。

わたくしは今のお稽古場に入ってから、じつは軸荘を一度もしたことがなくて、だから当然のことながら、やり方がわからないのである。
軸なら扱える。でも点前における軸荘では、様式的な順序や、ここではどっちの手で扱うかなども決まっているので、これはこれで、軸荘の点前を知らなければできない。
もちろん軸荘も、本で勉強していったのだ。

水屋でそれらの準備をしていたとき、本日の指導をされたベテランのK先生に
「わたくしは、そんなに短くない期間、お稽古を続けてきたつもりですが、じつは『軸荘』をやったことがないのです」と告白すると、
「軸荘は小習ですよ! ほんとにあなたのお稽古場では軸荘をやらないの?」といわれてしまった。

わがお稽古場は逆勝手の茶室があるので、
他のお稽古場より逆勝手のお点前をよく練習していると思う。
実家でその話をしたとき、お茶の先生をしている実母が「逆勝手のお点前は、私はほとんどやったことがないわね……」と言っていた。
だから母はこの点前に苦手意識があると。

おそらくお稽古場によって、何回も取り組むお点前と、ほとんどやらないお点前があると思う。
内輪的にお稽古をしたり、研究会やゼミに行かないならそれでも支障がないのだろうけれど、たとえば他所に出て、こんなケースに当たると当事者は困惑する。

わが師はサービス精神が旺盛なのか(笑)、御抹茶とお菓子の「お点前」を生徒にさせなければお稽古の「実(じつ)」がない、と思っている節があるようで、壺荘や軸荘を避ける傾向にある。
どちらにしろ、小習はどれもできないといけない課目だから、抜けているものがあっては困る。
先生に相談して、お稽古をつけてくださるよう、お願いしたほうがよさそうだ。

他には、七事式の「雪月花」もできなかった。というより、わたしは、雪月花をするのがはじめてだった。

ふつうのお点前のお稽古は、テニスのシングルスみたいなもので、本人の努力次第では、個人レベルでレベルアップしていけるけれど、花月はバレーのようなチームプレー。

式に参加する5人以上の人間が、札によって役割を振られ、亭主と客があるタイミングがきたら、さっさと席を立って点前をしたり、茶を飲むなどの動作をしなくてはいけない。
でもチームが組めなければ(お稽古場で花月に参加できる人数が少ないと)、花月の練習はできないし、いろいろ悩みどころである。

自分のお稽古場では花月をあまりおこなわないけれど、本人は花月のレベルアップを望む場合、その人はどのように対処されているのだろうか。
花月の実践講座みたいなものが、淡交社の文化講座やグリーンアカデミーにあれば参加してみたいものだ。

お稽古・茶道 | comments(2) | trackbacks(0)

絽ちりめん

あっというまに、またもや時間が過ぎている。
もう8月も末である。今年の夏は、なにかと忙しかったせいで夏休みをとりそびれた。仕事漬けの2ヶ月は少し寂しい。

昨日は、お茶のお仲間有志による花月の勉強会であった。今月はわがお稽古場のお茶のお稽古は夏休みなので、久しぶりにきものを着る。

ちょうど先週末、きものに詳しいフリー編集者の田中敦子さんと四方山話をしていたときに、わたしはこんなことをつぶやいていた。

「じつは、週末に花月の勉強会があるのできものを着るんですが、やっぱり絽でしょうかね。お盆以後のきものって気持ち的に秋に傾いてくるから、セオリー通りといえども絽は夏物という感じがすごくするので……。かといってわたしは絽以外のきものがありませんから、絽を着るしかないんですが……」

そうしたところ田中さんが
「たとえば、絽は絽でも『絽ちりめん』があれば、ちょうどいいと思うんだけど……」とおっしゃった。わたしは「そうだわ! まさしくそのとおり」と膝を打つ思いがした。



絽ちりめんは絽ではあるけれど、ちりめんのシボのディテールが、夏のはじまりや終わりの冷え冷えとした清涼を補う質感だから、夏の盛りの前後に重宝する。ちょうど今回のような夏の終わりのお出かけに着るには最適だった。

けれど、夏のきものというものは、そうそうたくさん持てない人も多い。わたくしもその1人である。なぜならば、袷ほど活用する機会が少ないからだろう。
この暑さでは、よほどのことがなければ、洋服ですましたいと思ってしまう。近年の夏の気温は、そろそろガタがきはじめている年代には辛く、汗が噴き出る中、きもので外出するには決死の覚悟がいるからだ。

それに夏物に一度でも袖を通したら、汗ジミにならないように、かならずシーズンの終わりにお手入れに出す必要がある。
そのため、わたくしの場合「今年はこれを着よう」と決めたら、その1、2枚を交互に着るぐらいのバリエーションでやりくりをする。そうでなければ、悉皆代で身が保たない。

いろんな理由が重なって、夏のきものは袷より枚数が要らないことになる。
比較的きものを着る機会の多いわたくしでさえもそうなのだから、たいがいの人の夏のタレ物といえば絽か紗の選択をしているだろう(種類が多い夏の織りのきものは、ちょっと横に話を置いておく)。

「絽ちりめんは真夏でも着られますよ」と呉服屋さんが勧めることがあるけれど、現実的に灼熱の太陽のもとで着る絽ちりめんは、自分はよくたって、他人からは一般的な絽よりも暑苦しそうに見えるかもしれない。
ま、他人のためにきものを着るわけではない、という人もおられようが、他人から見て涼しそうに見えるのも、夏のきものの重要な着こなしのポイントでもある。

長年、絽ちりめんのきものがほしいなあ、と思いつつも、わたくしは自分の使用頻度を考えると、まだ手を出しかねてつくっていない。だから、結局昨日の勉強会には、ふつうの絽の付下げ小紋で出掛けたのであった。

そうしたら、参加メンバーのひとりKさんが、絽ちりめんの無地のきものでいらしていた。
田中さんが指摘したとおり、この素材は風が通る気配がしながら適度な重量感があって、朝晩に新涼を覚える季節にはじつに「しっくり」くる。

ついKさんに「絽ちりめんのおきもの、とても感じがいいですね」と声をかけた。とくに無地は、ザラっとした細やかなシボの質感が少し離れていても、柄がないぶん目立つのだ。
わたしもケチってないでつくろうか……と、絽ちりめんの効果を再確認した日。

さて、花月の勉強会については、また明日にします。
そろそろ9月になりますので、気持ちを入れ替えてブログを更新したいと思います(*^_^*)。




着こなし | comments(8) | trackbacks(0)

7月前半

いろんなところに出掛け、いろんなお仕事に励んでいる毎日。時間がビュンビュンと流れていて、ほんとうはそれらの詳細をブログに書けばよいのですが、ちょっとただいま手許が多忙につき、ブログのほうを放置ぎみ。心に余裕がないと、書けないものですね。すみません(^_^;)。7月の前半まとめて、とりあえず。

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某日
谷庄東京店「寄付掛けと茶器」展へ、官休庵の千宗屋宗匠とお出かけ。
『和樂』3月号の
「利休さんに学ぶ『茶の湯』のき」特集(完売)で一緒にお仕事をさせていただいた宗屋宗匠。その後、しばしば何かの折りに声をかけてくださるようになった。


千宗屋宗匠の新刊『もしも利休があなたを招いたら』(角川oneテーマ21新書)。前著『茶 利休と今をつなぐ』(新潮新書)の続編ともいうべきもの。今という時代を強く意識しながら、第三者から見れば茶の湯の摩訶不思議な規則、手順、成り立ちを、基本をおさえてわかりやすく解説。前著と重複するエピソードもあるけれど、2冊まとめて購入されるのをオススメします。

宗屋宗匠のお茶道具の見方や取り合わせは、茶をたしなむ者として本当に参考になるし、次代の茶の湯を真剣に考えている宗匠のお話をうかがうと、流派を越えて、わたくしの琴線に深く触れる部分がある。


それにしても、谷庄さんの毎夏の企画展はおもしろい。本当は本展『寄付掛けと茶器』展の詳細も、きちんとブログに書くべきだったと反省している。
寄付掛けって、フルコースの前菜のようなもの。メインを予感させる……一会の導入部だともいえる。本席の掛け物は、やはり茶会に対する亭主の「本気」が問われるものだけれど、寄付掛けでは亭主の洒落心を表現することができる。肩肘張らず!お洒落に!、そして時代の風(空気感)を吹かせて!……それが今の寄付掛けとして求められるところだろう。
本席掛け物の犢筬瓠寄付掛け物の狃性瓠どちらもおろそかにできない。


寄付掛けについて学びたい人には、こんな本もオススメ(ちなみにこちらの書名にある「待合掛け」と「寄付掛け」は同義)。

寄付掛けのいちばんの特徴は、絵を使うということだろう。本席の定番といえば「字」のもの。いわゆる禅語や消息を掛けるのがポピュラーでなやり方で、他に歌切などもあるが、メインの床は「字」の軸なのである。

けれど、寄付は本席と趣きを異にする意味もあって、季節の風物を絵で表しているものや、画賛(師弟関係や親子関係など、深いつながりを持つ2人が、字と絵で共作する)、俳画(俳句と絵)みたいなものが喜ばれる。もしくは、字だけの要素であっても、ひねりの効いた絵的な字面のもの……などが好ましいとされている。

上記の2冊は、待合のさまざまなタイプの掛け物(右の『茶事茶会における待合の工夫』は、寄付の掛け物だけではなく、煙草盆や汲み出し、敷物を含めた空間のしつらいも)を紹介。バリエーションが豊富なので、ただ眺めているだけでも楽しい。これらを読むと、寄付の役割や意味が総体的に学べるし、自分が茶事をするときのヒントが満載。

この日は、宗匠と
ギャラリー小柳での「佐藤允」展を回ったあと、銀座で会食。


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某日
東京美術倶楽部でおこなわれた「中元 東美正札会」初日へ。
わたくしは今秋、お稽古場の仲間でおこなうお茶事の亭主をする予定なので、茶入か薄茶器で、ピンとくるものがあれば買いたいと思い、開場15分前に着くように出掛けた。
すごい人である。震災以後、なかなか消費が進まない面もあった茶道具だが、この日の会場は熱気にあふれていた。開場と同時に、売約札がバンバン投げ置かれている。関東や北陸、関西の知り合いのお茶人さんたちの顔を見かけた。

知り合いの古美術商さんたちと挨拶をかわし、わたくしも戦闘モードで会場を一巡。結局、当初の目的とはまったく異なる茶道具を買った。天才竹芸家と称される
飯塚琅かん(王偏に「干」)斎の炭斗である。
琅かん斎の籠作品は、茶席では使い良さそうなものが少ない。というのも、この人は茶道具作家ではないからである。昨年『婦人画報』で籠企画頁の編集をしたときに、籠のことを勉強したのが役立った。また借金を返すために働かなければいけないけれど(>_<)。
東美のついでに、銀座の一穂堂ギャラリーで、現代工芸作家による「夏の茶道具展」などを見て帰宅。


ちょうど『目の眼』2011年8月号(創樹社)で「琅かん斎の真・行・草」特集が組まれている。


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某日
宗屋宗匠の七夕の会におよばれ。麻布十番のお稽古場、重窓へ。
竹籠コレクターの
斎藤正光さんの車に乗せてもらってご一緒する。まずは、茶室でお薄を一服いただいたのち、別室でそれぞれが持ち寄った食べ物を自由につまみながら、茶の湯&古美術談義。若くておもしろい方たちばかりである。


斎藤正光さんが監修する竹籠展が2011年7月15日(金)〜23日(土)まで銀座の一穂堂ギャラリーで開催される。齋藤さんは、先に紹介した『目の眼』でも琅玕斎のコレクターとしてピックアップされていた。齋藤さんが得意とするのは、現代の居住空間に置いて違和感のない造形的に見どころがある籠。きっと今度の展覧会でも、そういう趣きの籠が並ぶだろう。展覧会の詳細はこちら

それはそうとして、茶席での取り合わせに心惹かれた。宗匠ならではの感性で、現代と古美術を自在にミックスされていた。
名古屋の長谷川一望斎さんによる風炉&釜に、マットな触感の白磁の平水指(現代作家の作品だったけれど、名前を失念)が、透明なアクリル!の長板の上に載っていた。アクリルの長板なんて、これまで見たことがない! 特注品だという。水面に風炉釜や水指が浮かんでいるかのようだ。

ふつうなら、こういう取り合わせには、茶碗や茶器、茶杓もモダンな現代物を持ってくるのが、ちまたでよく見る風景だったりするけれど、宗匠はこれらにさりげなく時代物を取り合わされていた。

たとえば茶碗は、白磁の水指の前に置くと色気が増幅して見える、トロリとした斗々屋(お酒でほんのりと肌を赤くしたような陶肌。ざんぐりとしたラフな趣き)、茶杓は松平不昧公の歌銘のもので、たしか「ひとつ星」(もしかしたら記憶違いで「いちばん星」だったかもしれない。きわめて華奢な身が特徴的な杓。節の上方向に、小さな針の穴ような虫喰いの跡があった。うーむ、カッコイイ。これを星に見立てた銘だろう)だったと記憶する。
これらが一体となった道具組に心躍ったわたくしであった。

じつはこうした組み合わせは、とてもセンスが必要とされることである。
時間軸やテイストがバラバラなのに、なおかつ一体感のある組み合わせをするには、人並み外れたセンスがいると、わたくしは思っているからだ。簡単にいえば、江戸時代の小袖の装いに、現代の最先端のマロノ・ブラニクの靴を合わせるみたいなことだからである。

茶道具の組み合わせも、ただ古くてよいとされているもの、新しくてよいとされているものを漫然と組み合わせても、素敵になるかどうかは疑問符がつくわけで、しかれどもそれらを上手く組み合わせることができれば、今を生きていながら、なおかつ歴史を共有するかのような不思議な奥行きをもった、茶道具の世界となる。


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某日
とあるところでの企画会議のあと、東京ビッグサイトでおこなわれていた
「第19回東京国際ブックフェア」へ。
紙から電子書籍へと移行しつつあるのか、会場では、新しい形態の出版の在り方を示すさまざまな企業のブースがしつらえられていた。出版形態は変われども、コンテンツ(中身)が大切なのは昔も今も変わらない。何が読者に必要とされているか、だろう。

関西の京阪神エルマガジン社のブースで
『そうだ、京都に住もう。』永江朗著を購入。京都は、大人になってから住みたくなる街なのだ。



角川学芸出版の『日本陶磁大辞典 普及版』のパンフレットももらう。ほう、これ、普及版が出ていたんだ。買いたいと思っていたけれど買っていなかった辞典。やきものの本はいくつか蔵しているが、さっと簡単に引きたいときは辞典である。現状では、角川のこちらの辞典がいちばん使いやすいと思う。今月末(2011年7月末)まで特別定価20,790円なのだそう(通常定価は24,150円)。そそられる(^_-)。




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某日
お茶のお稽古へ。わたくしたちのお稽古場では、7〜9月は茶箱。わたくしは、卯の花点前と千歳盆をおこなった。
こちらのお稽古場に通うことになってから、はじめて千歳盆のお点前をした。すごくなつかしい。
祖母が、小学生だったわたくしによくさせた点前である。茶の湯の初心者が、習いはじめに学ぶ盆略点前に通じる手順である。
そうしたら、なにげに実家のことが思い出されて、このところずっと実家に電話も入れていないと気づく。


最近入ったばかりの新人さんが、卯の花点前をしているところ。茶箱は、拝見ありと拝見なしの場合、仕舞い方に変化があるから、意外とややこしいものだ。
そういえば裏千家の茶箱の点前は、「卯の花」「雪点前」「月点前」「花点前」「和敬」「色紙」と6つの点前が確立されているけれど、他の流派では茶箱の点前がないとも聞いたことがある。


裏千家の茶箱点前のバイブルといえばコレ↓。



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某日
わが社中の若先生が、このたび社中の若手有志を募って、杉並昴青年部へ入会したので、わたくしもこれまで所属していた四谷青年部から異動。昴青年部でのはじめての行事である「若狭盆づくり」に参加する。

講師は横浜市在住の木工芸作家・
小松本宗勉さん。わたくしは、これまでに新宿京王百貨店でおこなわれていた個展や、初期の頃の銀座清月堂でのグループ展「尚磨会」をのぞいたことがある。小松本さんは、淡交ビエンナーレ茶道美術工芸展や伝統工芸新作展で入選の実績を持つ方。

今日は、小松本さん製作の無地の一閑張りの若狭盆に、それぞれ参加者が本漆で絵付けをする企画。総勢15人ほどが午前から午後4時近くまで、昼食をはさんで作業をした。

さて、今回、好きな柄を描いてよいという。小松本さんが用意してくださった図案候補もいくつかあったけれど、
わたくしは自分でオリジナルの笹文様を描くことにした。
下絵を盆に転写し、その輪郭線に沿って漆で柄を描き、好みによって金粉・銀粉で装飾する工程。

途中、残したい線が漆に埋もれてしまったため「どうしたらよいでしょう?」と相談に行ったところ、「不出来なところを油で消してあげるから、もう下絵なしに、フリーハンドで本番の線を描いてみたら」とアドバイスされた。

『下絵なしか……』とドッと冷や汗をかく。けれど出来上がってみたら、下絵を描かないほうが伸びやかな描線となった。金銀箔の細かな粉を蒔いて完成。はてさて使えるかどうか。


下書きの上から本番の線を描いたところ。途中から下書きなしで描いた。
干菓子をお客さまに出す場合、向かって左下と右上に菓子を置くので、図案は右下と左上に。もう少し柄を描きたかったが、うるさくなりそうだったのでこの程度にとどめておいた。


金と銀の粉で装飾したところ。これで一応完成。のちほど小松本さんが、もしはみ出した部分などがあれば、きれいに整えてくださるという。わたくしの作品も狄世亮雖瓩入って、もう少しよくなるかもしれない。


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昨日
表参道へ出たついでに、
DEE'S HALLでおこなわれている「長谷川まみ 匙いろいろ」展 2011年7月13日(水)〜20日(水)へ立ち寄る。長谷川まみさんは、名古屋の茶道金工家・当代の長谷川一望斎春洸さんの奥さま。

茶箱の茶杓に見立てることができそうな、小さなスプーンがいっぱい。ここに並ぶ作品すべてが金属であるのに、どれからも手の触感が伝わって、あたたかさを感じる。お茶の人から見れば、なにげなく置いてある小さな金属ボウルが、茶箱に仕組んだらよさそうな建水に見えたりする。
その他、シンプルなペンダントヘッド、リングなどの装飾品もあって楽しい。



もっとも身近な金属の生活用品が匙だろう。真鍮や銅、銀など、さまざまな材質でつくられている。小さな存在なのに、こんなに表情が豊か。展覧会の詳細はこちら
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お稽古、お稽古

今週は京都出張のあと、お茶の用事でいろいろ出掛けていたりもして……余裕のない一週間だった。

さて、今週のお茶のお稽古は、奥伝の行之行台子。

単衣紋付きのきものは先々週の大円草のときに着用したものと同じだったけれど、今回は絽の夏帯を締める。わたくしは、6月の前半に単衣紋付きを着るときは、なるべく重そうに見えない袷用の袋帯を合わせ、6月後半以降のそれを着るときは夏用の絽の帯を合わせるようにしている。
じつのところ、暑さはさほど変わらないような気がする。
おそらく他人に与える印象が涼しげになる、という点が重要なのだろう。きものはそういうところがある。

さて、今日の行台子の点前。
ちょうどこの点前は、春におこなわれた研究会課目である。前日、そのメモをおさらいしていたが、最後のほうで息切れをした。

点前をしながら、「あっ」「そうだった……」と独り言を洩らしていたのだ。集中力が切れたのがわかった。

たとえば、点前でも完全に身体に入っているものは、水が流れるように勝手に手足が動いてくれるが、身体に入っていない点前の場合は、頭の中で茶道教科の本の解説文を読むように『文字』がト書きのごとく表れる。心の内で次の指令を読み上げているのである。

とくに奥伝の課目は、一年に何度も点前をしないために、指令をこなすのが精いっぱいなのだろう。とくに脳の中の声を大きく感じる。
『次はあれをして、これをして』という指令がない世界こそが、無の境地なのだろうか。私にはまだ遠い世界だ。

帰ってから、またもや足袋をつくろう。
ちなみに、奥伝の稽古といっても稽古には変わりがないので、わたくしはいつものようにツギをあてた足袋を履いていく。もちろんツギのあてた足袋は、まわりに気づかれるとそれなりに恥ずかしいわけなのだけれど、お稽古でのわたくしの場合、もっと恥ずかしいと感じる点は違うところにある。

何足かのうちの一足はこれで3度目のつくろい。
さすがにもうお仕舞いにしたほうがよいのだろうかと迷うが「いやいや、あと一度ぐらいはお稽古に使えるはず」と、針を動かす。そういう性分なのである。

こんなにツギを当てている人間は、わたくしの周りでは、わたくし以外見たことがない。もったいない病が重症なのかもしれない。
衿付けや足袋を補修していたら、うっすらと額に汗をかいていた。
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季刊誌『クリネタ』

研究会の臨時売店で、こちらの雑誌を購入。特集企画が「大特集 クリネタ茶道事始 裏千家千宗室家元独占謁見」とある。書店ではあまり見かけない雑誌である。


青山ブックセンターなど、限られた書店で販売しているみたい。インターネットでも、Amazonで前号の12号までは買えるが、今号は買えないよう……。やる気がないのかなあ。500円。


こちらの季刊誌『クリネタ』(クリネタ刊)は、K2の長友啓典
さん(長く第一線で活躍されている著名なグラフィックデザイナー、装丁家)の編集責任。ちなみに書名の由来は、「クリエイターのネタを取り上げるから『クリネタ』」だという。今号で13号目。

今回の御家元独占インタビュー企画の影の仕掛け人は、坐忘斎御家元の従兄弟に当たられる大谷宗裕さんらしい。大谷さんは、現在、裏千家の組織でいろんな役職にある方。

その昔、伊住政和さん(坐忘斎御家元の弟君。03年、腎不全で若くして亡くなられた)が手がけた「茶美会(さびえ)」という日本を代表するクリエーターたちが関わったコラボレーション茶会からの人脈のつながりで、今回、長友さんを中心とする編集同人5人ほどが、裏千家の東京道場で茶の湯体験を経て、坐忘斎御家元へのインタビューをおこなった。

これが、なかなか興味深いインタビューなのだ。
一般誌をはじめ、専門誌による坐忘斎御家元のインタビューは、やはりお立場のせいか、枠をはみ出さない生真面目さで語られているものが多い。ご自身の言葉であるはずなのに、他の誰かが語っているような、教科書的な受け答えになりがちなのは仕方ないと思う。けれど、こちらでは生の御家元の言葉が満載。

というのも、まったくお茶になじみのないフツーの方が、御家元に、たとえば「家元って大変ですか?」とストレートにインタビューしているのだ。
機関誌・淡交の巻頭言で、門弟たちに向けた坐忘斎御家元オカタイ言葉を読んでいる読者としては、「いろんなご質問に身構えないでお答えになっているなあ」という印象を持つ。
御家元を絶対的な師として仰ぐ門人たちは、たとえ本人に実際お目にかかる機会があったとしても、ここまで気さくな質問をぶつけられないだろう。

御家元が「恒川光太郎」の小説が好きだというのも、はじめて知った。
ロマンティックなチョイスだなあ。リアルでハードな毎日を過ごしているからこそ、クールでうつくしい物語世界に想いを馳せられるのだろうか。



略称「プログレ」、ブログレッシブ・ロックという音楽もよく聴かれるらしい(←わたくしはこちらは詳しくないのでわかりません……が、ピンクフロイドやイエスなどの音楽を包括する総称のようです)。

茶の湯について語られていた中で印象的だったのは……たとえばこんなところ。

……私たちは家元という言い方をされていますけれども、基本的には「庵主」という言葉が本来なんです。私ですと「今日庵主(こんにちあんしゅ)」、表千家さんですと「不審菴主(ふしんあんしゅ)」、武者小路千家さんは「官休庵主(かんきゅうあんしゅ)」で、三つの千家に分かれましたけれども、この庵主という意味は、野球の中継ピッチャーのようなものです。利休のあとを継ぎ、それこそ先祖代々の人たちがみんな、それぞれの家で与えられた役割を果たそうと、試合を壊さないようにマウンドに上がっていたのだと思いますよ。

 長いイニングを投げた人もいれば、短いイニングだった人もいるかも知れない。きっちりと繋いだ人もいれば、四苦八苦した人もいるかも知れない。でも少なくとも次の人間にボールを渡すまで、マウンドを守ったことは事実だと思います。そういう中継ぎが大勢出てくるなかで、その時代に合わせ、かたちづくられていったものもあるのではないでしょうか。
 


……利休様の精神だと言われている「和敬清寂」という言葉がございます。和は和むことだし、敬は敬うことだし、清は清めることですけど、寂というのが、もうひとつ説明がはっきり出来ていなかったかも知れません。それについて利休様はこうだと仰ってるわけではありません。みんな想像するしかありません。私、この間ふっと気がついたのはですね。
……(略)……「和敬清寂」の「寂」で表しているのは、削ぎ落とすということ。そしてそこから、いまの茶の湯をはじめとするさまざまな伝統文化が生まれてきたんじゃないかと思いますね。そのあたりに思いを馳せて頂ければ、利休の茶はこうだ、とか、ああだ、っていうんではなくて、お一人ずつ心の中に茶の湯に対する答えらしきものが出てくるんではないでしょうか。私は茶の湯って、そんなもんでいいと思います。



……目の見えない人が象を触る昔話がありますね。尻尾を触った人は細いもんだ、足を触った人は丸太、大木のようなもんだ、鼻を触った人は蛇みたいなもんだって答える。見えるからって、象全体に触れる人はいない。だから皆さん方、素人もプロもそれなりに、茶の湯に対する接し方から何かを感じられたら、それがいちばん茶の湯の自由な精神に適ってるんじゃないかと私は思っております。


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洗い張りの反物

単衣のきものが足りない。探してもない……悉皆屋さんに預けっぱなしになっていると思って、週の半ばにOさんに電話して持ってきてもらう。
私はいくつかきもののお手入れ先があって、Oさんは家までとりに来てくれる方である。

そうしたら、洗い張りを頼んでいた無地を一緒に届けてくれた。
そうそう、昔に女優の丘みつ子さんからいただいた色無地が汚れてきたので、染め替えをしようと、悉皆に出したままだった。


充分染め替えに耐えられそうな強度がある。
これの地紋はおもしろい「木立模様」。木立の枝の先に大小の蛍絞り加工を施してもらって、北欧風デザインの小紋にしようか……とも考えていたけれど……今はやはり無地染めにしようか……と思案中。色はグレーを数滴落とした、落ち着いた黄丹(おうに)みたいな色が第一希望。



いただいてから昨年までは、もらった状態のまま着用していた。丘さんは、背丈がわたくしより少し大きいぐらいなので、着丈も裄もさほどの不自由はなかったのだ。
わたくしはきものをいただいた場合、よほどサイズが異なっているか、ひどい汚れでない限り、しばらくはそのままの状態で着ている。表地や八掛の色が好みの色でなくてもである。

そして、裾が切れてきたり、汚れが目立ってきてから、洗い張りに出して、自分好みの色に染め直し、八掛も新調。そのときに自分サイズに仕立て直すようにしている。こうしたやりくりは母に教わった。

うつくしい状態に直った無地の着尺を前に、何色にしようかと思案する。
少し前までは何か加工をして小紋にでもしようかと思っていたけれど、今の気持ちとしては素直に無地に染め直す気持ちに傾いている。
来週、京都の「染めのみずぐち」さんが東京へいらっしゃるので、相談をしてみよう。

水口さんとわたくしとは色の好みが違うので、また「こんな色に染め直したいの?」とひと悶着ありそうだけれど。しかし、正直に「この色なら植田さんに似合う」「その色は似合わないよ」と言ってくれる人が身近にいると助かる。


さて、仕事を早めにすませて、今週もお茶の振り替え稽古に夜行く。

貴人清次の薄茶をおこなったら、点前の後半がぐずぐずの状態でした。
丸卓に柄杓を飾るのに、伏せておくことさえ忘れている。ど忘れを繰り返し、つっかえてばかりのひどい点前を前に「あなたとしたことが……一体どうしちゃったのよ?」と、師や姉弟子さんたちが苦笑していた。

このところ日常が慌ただしいので、点前が浮き足立っているのだろう。ひとつ歯車が外れたら、あれよあれよとばかりに他も狂ってしまったところにも、未熟さが表れている。


この時期は、たくさんの露草が。花がこれだけ開くと茶花の風情じゃなくなるけれど、紫のつぼみがゆるみはじめたぐらいのときに籠に入れたりするのもいい。


街中で見つけた梅花空木(ばいかうつぎ)。清楚な四弁花がたわわな花をつけていた。茶花に使うときは、花の数がさほど多くなく、枝の小さなものを選んだほうがよさそう。


下を向くホタルブクロが、これまたかわいらしい。ここは、まわりがすべてホタルブクロの葉なので、きっとこれから次々に花が咲くのだろう。
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お下がりの単衣のきもの

単衣紋付きの無地。武蔵境の伯母から20代の頃にもらったものである。

あるお茶会の懸け釜のお手伝いをしていたとき、伯母が陣中見舞いを兼ねて来てくれた。
田舎の実母がこしらえた私のきものを見て、「まあ、こんな地味な色に染めさせるなんて。あなたのお母さんはどうかしてるわ。20代ならもっと他の色を着なくては……」と、眉をひそめたことがあった。

私はせっかく茶会へ来てくれた御礼をいうタイミングをのがし、しばらく水屋裏で伯母の小言を聞いていたが、茶会が終わる頃にはそれを言われたことさえ忘れかけていた。
しかし、伯母は帰宅して
さっそく母に電話を入れたのだった。

母は「お義姉さんに叱られちゃったわ。あなたに変なきものを着せているって……。その色のきものは、年齢に見合うようになるまで、しばらく置いておきましょう。そうすると、違う色のきものをつくるしかないわね」と、伯母からの電話の受話器を置いた途端、こちらへ電話を寄越したのだった。

確かにそれは、地味めを好む母の趣味そのもので、当時のわたしには落ち着きすぎた鈍い赤土色の単衣。
きものの仕事もする今の私なら、ひんぱんに着る機会の多い無地のきものは、はじめは薄色でつくり、染め替えるたびに濃くしていく色の選択をすると思う。それがもっとも経済的だからだ。

しかし、あの当時、母はもうこれ以上の濃色はなかろうというぐらいの色で、いきなり白生地をつぶしてしまった。ずいぶん思い切った判断だ。母のあっけらかんとした性分を垣間見た感じがした。

伯母からの一撃で、結局
そのきものは母自身が着ることになって、あちらへ送り返した。そうして3ヶ月ほどすると、また母から単衣のきものが送られてきたのだった。

「お義姉さんが、これを伊津子ちゃんの寸法に仕立て直して役立てなさいって、送ってこられたのよ」という。
荷物を解けば、それもまだ少し地味なグレイッシュピンクの単衣紋付きで、伯母が着ていたものだった。いかにも伯母らしい趣きのきものである。

一見してわたくしの好みではなかったが、母が伯母からあれこれ言われるのも難儀なので「わかったわ……。じゃあこれを着る」と素直に受け取っておいた。

今日は、久しぶりにそのきものを出してきたのである。奥伝の大円草のお稽古が晩に入っていたためだ。

それぞれ長く茶を嗜んできた身内のお下がりのきものに袖を通すと、鏡の中には思いがけずその色が似合う自分自身がいた。
『こういう色が、しっくりくる歳になったのだなあ』としみじみもしたし、その昔の伯母や母とのやりとりが急に甦ったのである。
「こんなの要らない」と言下に否定しなくてよかった。人は変わる。
きものが思い出を連れてきたのだった。


大円草のお稽古は、稽古場でも30年来の古株だというベテランの姉弟子のYさんがご一緒で、はじめにYさんの様子を見せていただいたから、後のわたくしは2ヶ所ほどつまずきはしたけれど、なんとかスムーズに終わった。
師も「今の調子でね」とおっしゃってくださる。『今日は伯母ちゃんがついているものね』とひとり安堵する。

そういえば、このきものを着た姿をまだ伯母に見せたことがないのではなかったか、と気掛かりになりながら、足早に夜道を帰った。

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